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公園に着くと、そこはゆっくりの大合唱だった。

「ゆっぐぢ!!ゆっぐぢ!!ゆっぐぢ!!ゆっぐぢ!!」
「ゆっぐぢいいい!ゆっぐぢいいいい!ゆっぐぢいいいいいい!」
「ゆぐぢ!ゆぐぢ!ゆぐぢゆぐぢゆぐぢゆぐぢぢぢぢぢぢぢ!」

大量のゆっくりが思い思いの仕方と口調で「ゆっくち!」と叫んでいる。
ただでさえ声のでかいゆっくりが、病気のせいで全力で叫ぶのだ。
今までの飯をたかる懇願の方がまだよかった。
これはただひたすら、自分たちの不満と苦痛を周囲にぶつけているだけだ。

「おかあさあああん!おかあさん!やめてね!ゆっくちっっていうのやめてねええ!」
「やめてよ!もうやめてよおお!ゆっくりしてるよ!おとうさんはゆっくりしてるよ!」
「ゆんやああああ!おとうさん!おかあさん!れいむだよ!れいむがわからないのおおお!?」
「ゆっくち!ゆっくち!ゆっくっち!ゆっくっち!」
「ゆっくちゆっくちゆっくち!ゆっくちゆっくちゆっくち!」

俺が見つけたのはれいむとまりさの番と親子だった。
以前ビスケットをあげたまりさの家族かと思ったが違うようだ。
れいむが二匹にまりさが一匹という組み合わせの子どもたちは、非ゆっくり症を発症した両親を見て途方に暮れている。
あさっての方向を見て叫ぶ親まりさに、子まりさは精一杯愛情を込めて頬をすり寄せる。

「すーりすーり!すーりすーり!まりさだよ!おとうさん!まりさがすーりすーりしてあげるよ!」
「ゆっくちいい!ゆっくちいい!ゆっくちいいいいいいいいい!」
「あああああ!どうしてえええ!おとうさん!おとうさん!まりさここだよ!まりさっていって!ゆっくりしていってねっていってよおおお!」

子まりさを無視した親まりさの反応は、子まりさに涙を流させるのに十分すぎるほど残酷なものだった。
一方子れいむたちは、横倒しに倒れて痙攣する親れいむを左右から優しくぺろぺろと舐めている。

「ぺーろぺーろ……ゆっくりよくなってね、おかあさん……ぺーろぺーろ………」
「れいむたちがぺーろぺーろしてあげるよ。ゆっくりできるよ!できるよね!できるよねええ!?」
「ゆくちちちちち!ゆくちちちち!ゆくち!ゆくち!ゆくち!ゆくちい!」
「……おかあさん……おかあさぁん……ひどいよ…どうして……どうしてなの……」
「おかあさぁん!れいむもうわがままいわないよ!いっしょにゆっくりするよ!だからなおって!なおってよおおおお!」

親れいむも親まりさと同様に、子どもたちがどれだけ慰めようとしても何の反応も返さない。
中枢餡を締め付け、全身の餡子を刻む発作の苦しさに正気さえ失ったようだ。
俺が近づくと、れいむが真っ先に気づいた。

「にんげんさん!おねがいします!おかあさんをなおしてください!おねがいです!」
「おねがいだよ!にんげんさんはゆっくりよりもずっとゆっくりしてるよ!だからおとうさんをゆっくりさせて!」
「おねがいします!おねがいします!だいすきなおかあさんとおとうさんなんです!おねがいしますううう!」

三匹はすぐさま一列に並ぶと、俺に土下座を始める。
手慣れた動作だ。
きっと、毎日こうやって人間に頭を下げて、その日の食事をすがってきたのだろう。
そのうちゆっくりの特技の「お歌」「お家宣言」「すりすり」「ぺろぺろ」以外に、「土下座」が加わるかもしれない。

俺は親ゆっくりを見てみた。
たしか、非ゆっくり症には段階がある。
症状が浅い間はまだ発作的に「ゆっくち!」と叫ぶだけで正気だ。発作でまともな行動を取られないだけだ。
症状が進むと、とにかく「ゆっくち!」と叫ぶだけになり、意思の疎通が完全にできなくなる。
この発作はゆっくりの中枢餡に非常な苦痛を与えるらしく、ここまで進行するとたいていのゆっくりは発狂する。
そうなるともう完治は不可能だ。

「無理だね。お父さんとお母さんはもう治らないよ」

この親れいむと親まりさはあっさりと重症になったようだ。
ただ単に喋れなくなったのではなく、完全に正気を失っている。

「そ…そんなああああああああ!」
「やだああああ!おとうさんとおかあさんがなおらないなんてやだよおおおお!」
「おねがいです!たすけてください!たすけてください!たすけてよおおおおおお!!」

俺があっさりと子ゆっくりたちの希望をへし折ってやると、三匹はそろって悲痛な叫び声を上げた。
こっちは医者じゃない。
せいぜい、その悲嘆で歪んだ顔をデジカメのメモリーに残すことくらいしか俺はしない。

「だから無理だって。もうこれから、死ぬまで君たちの両親は「ゆっくち!」って叫びながら苦しむだけだよ」
「ゆ゙っ……ゆ゙っ……ゆ゙っ……」
「やだよお………おとうさん………おかあさぁん…………」
「すーりすーり……すーりすーり……れいむだよ……わかるよね……わかるよねぇ…………」

ショックのあまり痙攣している子まりさの横で、うわごとのように両親を呼ぶ子れいむ。
子れいむの一匹は現実逃避を始めたらしい。横たわったれいむに何度もすりすりしている。

「今はまだ叫ぶだけだけど、そのうちどんどん苦しむようになるだろうね。ゆっくりできないから、餡子を吐きながら転げ回ると思うよ」
「やだよぉ……いわないで……おにいさん…そんなひどいこといわないでよぉ……」
「そんなことないよおおお!おとうさん!まりさがついてるよ!ゆっくりしてるよ!ゆっくりだよねええええ!」
「ゆふふ……おかあさぁん…れいむのほっぺたゆっくりしてるでしょ……ゆっくりしてるよっていってよぉ……」

俺の容赦のない言葉に涙して、もみあげを振るわせるれいむ。
現実を否定して、必死になって親まりさに呼びかけるまりさ。
完全に心を閉じ、虚ろな笑みを浮かべてすりすりを止めないれいむ。

「あ……ゆ……ゆぁ…そんな……おとうさん…おかあさん…れいむ…れいむは……れいむ!ゆっくち!ゆっくち!ゆっくちいいいいいいいい!」

壊れてしまった家族に、ショックを受けていた子れいむは耐えられなかったようだ。
たちまちれいむの口から、ほかの発症したゆっくりと同じかん高い「ゆっくち!」という声が発せられる。

「ゆっくちいいいいいいい!ゆっくち?ゆっくち?ゆっくちぃ!ゆっくちいいいい!」

自分の口が勝手に動くことに驚愕し、さらに子れいむは狂乱する。
びたんびたんと跳ねて何とかしようとするが、その度に「ゆっくちい!」と叫んでしまう。

「あああああああ!おねえちゃんが!れいむおねえちゃんがああ!どうじでっ!どうじでなのおお!」
「……だいじょうぶだよ……みんな…みーんな…れいむがゆっくりさせてあげるからね………ゆっくりだよ……」
「ゆっくちいいいい!ゆっくちいいい!ゆっくちいいい!ゆっくちいいい!」

日なた、日陰を問わずそこらじゅうで跳ねるゆっくりたち。
響きわたる「ゆっくち!」の声は耳がおかしくなりそうだ。
その叫びは、ゆっくりを求めながら手に入らなかった苦しみそのものだった。
あれだけ全身全霊を尽くして叫ぶのだ。
ただでさえ餌不足で衰弱したゆっくりたちは、数をどんどん減らしていくだろう。

数を減らす。それが退化の結果。
これだけのカタストロフィを経てなお、ゆっくりの姿はまだまだ街にあふれている。
本当にこれはただの退化なのだろうか。
人間によって管理された飼いゆっくり以外の、この街のゆっくりが数を減らしていく。
それの行き着く先は何だ?


***


「ゆっくりただいま……おちびちゃんたち」
「ゆっくりかえったよ……おちびちゃんたち」

まりさとれいむが中に入ると、鼻の曲がりそうな腐った臭いが段ボールの巣に満ちる。
今日も、食卓で生ゴミがふるまわれる。
どれもひどい悪臭を放っているが、食べられるだけましである。

「ゆっくち!ゆっくち!ゆっくち!」
「ゆっくちー!ゆっくちー!」
「おかえりなしゃい……おとうしゃん」
「まってたのじぇ……おかあしゃん」

変色してぼろぼろになったタオルのベッドから、四匹の子どもたちがずりずりと出てきた。
次女れいむと次女まりさの顔には、涙の痕がくっきりとできていて取れない。
毎日、二匹は巣の中で泣いている。
長女れいむと次女まりさに涙の痕はないが、二匹から言葉は奪われた。
いつも発作に怯え、不定期に「ゆっくち!」と叫んでは中枢餡の痛みに身をよじらせる。
二匹は非ゆっくり症を発症していた。

「ごはんさん、いっぱいとってきたよ……」
「さあ、みんなでたべようね……」

赤ちゃんたちの出迎えの言葉も、両親の言葉もどんよりと暗く濁っている。
幸せなんかかけらもない。ゆっくりなんか何もない。
今までの辛すぎる生活が、家族から一切の笑顔を奪い取っていた。

帽子の中から、口の中からぶちまけられる生ゴミ。
見る見るうちにどろどろの汁が、段ボールに染み込んでいく。
腐臭が巣の中いっぱいに広がった。
人間がここに顔を突っ込んだら、間違いなく嘔吐するレベルの臭いだ。

「ゆう……なまごみしゃん……だにぇ………」
「くちゃいのじぇ………あんこしゃん……きもちわりゅいのじぇ………」
「ゆっくち!ゆっくちゆっくち!」
「ゆっち!ゆっち!ゆっくち!」

目の前に不潔な生ゴミをぶちまけられ、次女まりさと次女れいむの顔は泣きそうなものになる。
次女まりさに至っては、一生懸命こみ上げてくる吐き気をこらえていた。
食いしん坊の次女まりさには、特にこの食事は辛いに違いない。

「おさのぱちゅりーのところのごはんしゃんは、かいゆっくちからもらったゆっくちふーどしゃんだよ……」
「でざーとにしゅてきなあみゃあみゃしゃんもありゅって……しゅごくうらやまちいのじぇ…………」

赤ゆっくりたちの不満は、自分たちの食べものが生ゴミだからだけではない。
ほかのゆっくりたちが、自分たちよりもずっとリッチで美味しいものを食べていることを知っているのだ。
飼いゆっくりからもらったゆっくりフード。
デザートに素敵なあまあま。
何て甘美な響きなのか。

ほかのゆっくりたちの優雅さが、赤ゆっくりたちの境遇の惨めさを加速させる。
どうしてこんなものを食べなくちゃいけないんだろう。
同じゆっくりなのに、どうしてこんなに違いがあるんだろう。
自分たちが生ゴミをかじっているのに、ほかのゆっくりは美味しくゆっくりフードやあまあまに舌鼓を打っている。
その事実が、赤ゆっくりたちをのプライドを踏みにじる。
次女まりさと次女れいむの心に、尊厳というものはもはやほとんど残っていなかった。

「ごめんね……ごめんね……ほんとうにごめんね……」
「おちびちゃん……だめなおかあさんをゆるしてね…………」

まりさとれいむは涙をぼろぼろこぼしつつ、ひたすら子どもたちに頭を下げる。
家族をゆっくりさせられない自分たちが、あまりにも恥ずかしく惨めで仕方がなかった。
これがまりさとれいむの現実なのだ。

まりさの家族は、あれから公園に流れ着いた。
商店街のゆっくりたちの結束は崩壊し、隣近所の助け合いはなくなった。
なかよしだったありすとぱちゅりーは、ある日狩りに行くと言ったまま帰ってこなかった。
まりさはこのままじわじわとゆっくりできなくなるよりはと、引っ越しを決意した。
行き着いた先がこの公園である。
公園はゆっくりたちにとって安心できる住処のため、今までは力が強くて優れたゆっくりしか住むことはできなかった。
しかし、度重なる災難の結果公園のゆっくりたちの数が減り、住処に空きができたのだ。

ちなみに長はぱちゅりーである。
いくつかの規則を作って公布し、何とか野良ゆっくりたちの統制を保っている。
ぱちゅりーの両脇には常に群れ一番の凄腕の護衛がつき、それが権力の象徴にもなっていた。
まりさはぱちゅりーに何度もお願いし、群れの一員として受け入れてもらえた。
新入りでこれといった特技もないまりさの家族は、ヒエラルキーで言えば一番下。最下層だ。

ランクは、共同で行った狩りの結果に反映される。
狩り(ほとんどゴミ漁りと乞食)を終えたゆっくりたちは一旦ぱちゅりーの前に集まり、収穫を差し出さなければならない。
それをぱちゅりーと専門のゆっくりが検分し、最終的にランクの高いゆっくりから順に取らせる。
当然、高いランクのゆっくりたちが新鮮なもの、美味しいもの、甘いものを取ることができる。

今日は物乞いチームが、何とシュークリームを取ってきたのだ。
まりさとれいむは、その匂いをよだれを垂らしながらくんくんと嗅ぐことしかできなかった。
シュークリームはぱちゅりー一家のものになった。
まりさを始め最低ランクのゆっくりたちに残されたのは、ほかのゆっくりが見向きもしないような腐ったゴミだけだ。
それを先を争って帽子と口の中にできるだけ沢山かき込み、まりさたちは巣に戻る。
背中には、生ゴミにがっつくまりさたちをあざける視線がちくちくと刺さっていた。

「「ゆっくりいただきます…………」」
「「ゆっくちいただきましゅ…………」」
「「ゆっくち!ゆっくち!ゆっくち!」」

それでも、食べなければならない。
食べなければ、いつかゆっくりする日を迎えることはできない。
ゆっくりすることを夢見て、ひたすらまりさたちは生ゴミを食べる。

茶色くしなびた野菜。かちかちに固まった唐揚げ。変色したご飯。
赤ゆっくりたちが食べるのは、まだましな残飯である。

「むーちゃ…むーちゃ!……うぶっ!ゆげぇっ!」
「おげぇっ!えごおっ!……むーちゃ……むーちゃ!」

何度もこみ上げる吐き気をこらえながら、子どもたちは食べていく。
目をつぶって悪臭の塊にかぶりつき、なるべく舌に触れないようにして噛み砕いて飲み込む。
飲み込む度に、最低の味と喉越しに、次女まりさと次女れいむの体がビクッ!ビクッ!と痙攣する。

悪臭を放つ魚。かびが生えて緑色になったパン、どろどろで原形をとどめていないうどん。
どう見ても食物とは言えないものが、まりさとれいむの食事だった。

「むーしゃ…えげぇっ!……むーしゃ……うぇろぉっ!」
「げぼぉっ!……むーしゃ……ぶぐぅ!……むーしゃ!」

まりさは、自分が今食べているのか、吐き気をこらえているのかもはや分からなかった。
食べるとはすなわち吐き気を催すことであり、味や臭いなんてものは考える必要さえない。
自分が今むーしゃむーしゃしているものが何なのか、絶対に考えてはいけない。
考えた瞬間、こらえにこらえた吐き気は暴走するからだ。

まりさは薄目を開けて、次に食べるものを見定めた。
見てしまった。
今まさに食べようとした腐った肉から、ウジ虫が次々と這い出してきたのを。
てらてらと汁に濡れて光る肉と、白くぶよぶよしたウジ虫。
しかもそれはもぞもぞと動き、まりさの舌に触れた。

「えおげぇぇええええ!げおぉおおおおお!お゙ぅ゙え゙ぇ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!」

我慢できるはずがなかった。
ついにまりさは吐いた。
盛大に体を振るわせ、これでもかとまりさは食卓に生ゴミと餡子の混じったゲロをぶちまけた。
れいむの顔と子どもたちの顔に、まりさの口から吹き出した餡子と生ゴミがぶっかけられる。

「ごめっ…ごめんね……ごめんね……まりさ…おとうさんなのに…ごめんね……ごめんねぇ……」

まりさは泣きながら、家族全員に頭を下げる。
惨めで仕方がなかった。悔しくて仕方がなかった。
家族のために立派なゆっくりになりたかったのに、いったい何をしているんだろう。
こんなところで汚い生ゴミを必死に頬張りながら、吐き気をこらえている。
これが、まりさの理想の父親像なのだろうか。

懸命に謝るまりさを、家族は死んだ目で見ていた。
誰もまりさを咎めることはないが、誰もまりさをいたわることもない。
一通りまりさが謝罪を終えると、家族は食事を再開する。
ゲロのこびりついたもの食べるなんて、今までのまりさたちの生活からしたら信じられないことだ。
けれども、次女まりさと次女れいむは思っていた。

(すこしだけ……おとうしゃんのあんこしゃんであみゃくなったよ…うれちいにぇ………)

そんなことを考えるほど、子どもたちからゆっくりは遠ざかっていたのだ。

「むーちゃ!ゆっくち!むーちゃ!ゆっくち!ゆっくち!」
「むーちゃむーちゃ!ゆっくちゆっくち!むーちゃむーちゃ!ゆっくち!」

言葉のない食卓で、長女れいむと長女まりさだけが騒がしい。
二匹は生ゴミを咀嚼する度に、「ゆっくち!」と叫んで口からぼとぼとこぼしている。
食べる度に発作を起こしているのだ。
汚い生ゴミを食べるというゆっくりできない行為で、二匹の食事は発作と隣り合わせだ。

「おちびちゃんたち………たべられないんだね…………」

顔中を生ゴミの汁とカスだらけにし、発作で目を白黒させる我が子の様子は、まりさにとって直視に耐えないものだった。
しかし、自分が何とかしてあげなければならない。
まりさは虚ろな目で、流しの三角コーナーから出たと思われる生ゴミのミックスを口に入れた。

「うぶぅ……むーしゃむーしゃ……おちびちゃん、おくちをあけてね………」

意識して味を感じないように努力し、まりさは口移しで長女れいむに口の中の生ゴミを食べさせた。

「ゆっくち!………………ゆっくち!」

何とか飲み下した長女まりさは、発作で苦しみながらも「ありがちょうにぇ……おとうしゃん」と目で言っていた。

「れいむもするよ……むーしゃ…むーしゃ………」

まりさをれいむも真似た。
異様な臭いの魚の内臓を口に入れたと同時に、れいむの頬が膨れ上がる。

「おぶぅっ……ぶべぶっっ!」

あまりの悪臭と味に、れいむは餡子と生ゴミを吐き戻しそうになったのだ。
しかし、どうにか耐えてれいむは食卓にゲロをまき散らすことはしなかった。

「ゆっく!ゆっく!……………………ゆっちゆっち!」

吐き気に耐え、れいむはまりさと同じように口移しで生ゴミを食べさせる。
長女まりさは発作と親れいむのあまりの哀れな姿に、涙を流しながら体を震わせていた。

「おねえしゃん………はやくなおっちぇにぇ……れいみゅ…おはなちちたいよぉ………」
「まりちゃも……いっちょにゆっくちちたいのじぇ……こんなの……いやなのじぇ………」

食べ終わってお互いの顔についたゴミを舐め取っていた次女れいむと次女まりさは、変わり果てた姉の姿にまた涙をこぼす。
もう、姉たちと楽しくお話しすることはできない。
今までは両親がいなくても、四匹一緒ならほんの少しはゆっくりできた。
頼もしい姉。ゆっくりした姉。大好きな姉。
非ゆっくり症が、妹たちから姉を奪い去った。

今は両親が狩りに出かけている間は、ひたすら目をつぶってゆっくりした昔を思い出そうと努力している。
そうしていても、嫌でも耳に入ってくるのだ。
姉たちの「ゆっくち!ゆっくち!」という発作の悲鳴と、苦しさに体を段ボールの壁に叩きつける音が。
ゆっくりなんてどこにもない。
救いも、どこにもない。

「「ごちそうさまでした…………」」
「「ごちそうしゃま…………」」
「「ゆっくちぃ!」」

どうにか、腐った生ゴミは全部まりさたちの口の中に収まった。
後はじっくり時間をかけて、餡子に変わってくれるのを待つしかない。
その間、ずっと不快感に耐えるだけの時間が過ぎる。

まりさの家族は顔を見合わせると、自然と泣き出した。

「ゆぐっ……ゆええ……ゆえええええん!」
「ゆわあああああん!ゆわあああああん!」
「まりちゃかなちいのじぇ!ゆえええええん!ゆああああん!」
「れいみゅかなちいよぉ!ゆっくちちてないよぉ!ゆえええええええん!」
「ゆっくち!ゆっくち!ゆっくちゆっくちゆっくち!」
「ゆっくち!ゆーっち!ゆーっくち!」

一斉にまりさたちは号泣した。
否が応でも分かる。自分たちがどれだけ惨めで、どれだけ汚く、どれだけゆっくりできていないのかが。
まりさたちの尊厳も、愛情も、誇りもすべて粉々に砕かれた。
最低のゆっくり。それが今のまりさたちだ。
お互いにすりすりしながら、まりさたちは声が嗄れるまで泣き続けた。



いきなり三匹のゆっくりが、断りもなくまりさの家にずかずかと入ってきた。

「むきゅ。ほうこくのとおり、こどもたちがびょうきのようね。ちょっといいかしら」
「みんなにだいじなはなしがあるんだぜ」
「はやくそとにでてね」

長のぱちゅりーとその護衛だ。
まりさは護衛のだぜまりさに見覚えがあった。
憲兵隊の隊長のようなステータスにあるこのまりさは、頭に一本の釘が刺さっている。
人間で言えばこめかみに根本まで刺さったそれは、まりさの中枢餡をかすめているらしい。

そのせいか、このまりさは少しもゆっくりしていない。
気が違っているわけではないが、側にいても全然ゆっくりできないのだ。
普通、ゆっくりはゆっくりの側にいると中枢餡が共鳴するらしくゆっくりできる。
ドスまりさはこれを大規模に発生させることができ、それがいわゆるゆっくりオーラである。
ゆっくりには人間に感知できない特殊な周波数の音波を発しているらしく、それが群れの形成や維持に一役買っている。

だが、護衛まりさには何もゆっくりできる要素がない。
護衛まりさ自身が、ゆっくりを必要としていないかのようだ。
とにかく放つ雰囲気が冷たくて恐い。

「ゆっ!な、なんなの?どうしたの?」
「れいむたち、なにもわるいことしてないよ!おきてもまもってるよ!」

突然の来訪に、まりさとれいむは跳び上がって段ボールの隅に逃げ込む。
その動きに子どもたちも従った。

「しょうだよ!おとうしゃんはなにもわりゅいことちてないよ!」
「ゆっくちちてりゅのじぇ!だいじょうぶなのじぇ!」

次女れいむと次女まりさは、親まりさの髪の毛から顔を出してぱちゅりーに言う。
まだ自分を頼りにしてくれている。
まりさは少しだけ餡子が温かくなるのを感じた。

「いいから、さっさとでなさい。そこのびょうきのふたりもだわ」

ぱちゅりーは家族の言葉をまったく聞いていなかった。
聞く必要などない、とぱちゅりーの態度は告げている。

「ゆっくり……りかいしたよ…………」
「おちびちゃんたち……おそとにでようね……」
「ゆっくち!」
「ゆっちゆっち!」

まりさたちに「No」という選択肢は用意されていない。
長ぱちゅりーに逆らうことなど、最底辺のまりさにできるはずがない。
非ゆっくり症の子どもたちをれいむは連れて行き、その後を次女れいむと次女まりさが追う。
最後にまりさが出ようとした時、護衛まりさが巣の中を見回すとうんざりした顔でこう言った。

「くさいんだぜ。しんだゆっくりのいえにはいったことがあるけど、ここのほうがもっとくさいのぜ。あたまがおかしくなりそうなくらいくさいんだぜ」

それは、まりさの辛うじて残っていたプライドをずたずたに引き裂くのには過剰な一言だった。

「ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい……くさくてごめんなさい……きたなくてごめんなさい………」

まりさは涙を必死でこらえながら、護衛まりさに何度も頭を下げた。
その謝罪はもはや、まりさの存在そのものを謝っていた。
ここにいてごめんなさい。こんなまりさでごめんなさい。ゆっくりに生まれてごめんなさい。
まりさはそんな思いさえ抱いて、護衛まりさに詫びた。

「ゆっくち……ゆっくち……ゆっくち……」
「ゆっくち………ゆっくちゆっくち…………」

唇を噛みしめて屈辱にうちひしがれる親まりさに、そっと二匹の赤ゆっくりがすりすりした。
長女れいむと長女まりさである。
父親の痛々しい姿は、非ゆっくり症の発作に苦しむ二匹であっても、看過できないものだったのだ。
それが、最後のスキンシップだった。



段ボールハウスの前に連れ出されたまりさ一家を前にして、ぱちゅりーは胸を張った。
自分が群れの長であることを得意に思ってるのがよく分かる仕草だ。

「むれのけっていをつたえるわ。よくききなさい」
「はい…………」

どんなゆっくりできないことを言われるんだろうか。
まりさたちはぱちゅりーの次の言葉を予想できず、ただ怯えて縮こまる。

「ゆっくちしかいえなくなるゆっくちびょうは、ほかのゆっくりにかんせんするのよ」
「ゆ……ゆゆううううううう!?」
「ゆうううう!?」

左右に護衛まりさと護衛れいむを従えた長ぱちゅりーは、まるでゆっくりえーきであるかのように傲慢に言い放った。
ゆっくちびょうとは、要するに非ゆっくり症のことである。
非ゆっくり症はゆっくりが多大なストレスを感じたときに発症する病気であり、感染するはずがない。
どうやらこの長ぱちゅりーは、自称森の賢者のタイプのようだった。
態度はでかく自分が正しいことを疑わないが、その実頭の中身はお粗末という二流リーダーである。

「ゆっくちびょうのゆっくりがいるだけで、ほかのゆっくりがきけんにさらされるわ」

しかし、現に長ぱちゅりーは群れのリーダーである。
左右に強力な護衛を連れている。
誰がぱちゅりーに逆らうことができるだろうか。
まりさは顔を公園の地面に叩きつけた。
ほぼ同時に、れいむも顔面を地面にこすりつける。
二匹はゆっくりにあるまじき素早さで、ぱちゅりーに土下座した。

「ごべんなざい!ごべんなざい!ごべんなざい!ででいぎまず!ずぐにおぢびぢゃんだぢどででいぎまず!」
「めいわぐがげでずびばぜん!ででいぎまず!ずぐにででいぎまず!ごべんなざい!ごべんなざああい!」

まりさとれいむは顔でごしごし地面を磨き、ぱちゅりーに謝る。
後ろでは両親の発言を理解できない次女まりさと次女れいむが叫んでいた。
まだ周囲を理解できる長女たちも同様に声を上げる。

「ゆ……ゆんやああああああ!ひどいのじぇえええええ!」
「やじゃあああ!こうえんからでるのはやじゃああああ!」
「ゆっくち!ゆっくちゆっくち!ゆっくちい!」
「ゆっち!ゆっちぃ!ゆっくちゆっくち!」

公園は一家がやっと見つけた、かろうじて生きていける場所だ。
ここを出ることなど考えられない。
また一家で、恐ろしい都会をさまよわなくてはいけない。
それも、非ゆっくり症で苦しむ長女たちを連れてだ。

だが、まりさとれいむは子どもたちの願いを聞くことはできない。
それよりも、今はぱちゅりーに謝らなくてはいけない。
もし、群れにリンチされるようなことになったら。
それは考えるだけで恐ろしい刑罰だった。

土下座しかしない両親と泣きわめく子どもたちを見て、長ぱちゅりーはため息をついた。

「おちつきなさい。べつにけんこうなまりさたちにでていけっていってるわけじゃないわ」

がばっとまりさとれいむは顔を上げた。
見る見るうちに両目に涙が盛り上がり、たちまち決壊したダムのように流れ出す。

「ゆあぁ……ありがどうございまずううう!ばりざだぢごうえんがらでだらじんじゃいまず!ほんどうに!ほんどうにありがどうざいまじだあああ!」
「ありがどうございまず!うれじいでず!ゆっぐりできまず!ゆっぐじでぎででびぶはほんどうにうれじいでずううう!」

まりさは地獄の底で蜘蛛の糸をつかんだ気持ちだった。
追い出されるとばかり思っていた。
これから一家だけで暮らしていくことを思うと、目の前が真っ暗になるほどの絶望だった。
しかし、長ぱちゅりーはここにいていいと言ってくれた。
なんて優しくてゆっくりした長なんだろうか。
まりさはぱちゅりーにすがり、そのあんよにキスさえしたい衝動に駆られていた。

「かんせんしたゆっくりが、こうえんのそとだろうとなかだろうとそんざいしてはいけないわ」
「ゆっ!?」
「ゆあぁ?」

だからこそ、まりさとれいむは長ぱちゅりーの言っていることが理解できなかった。
希望は絶望を二乗する。
絶望の中から見いだした希望。
それが砕かれて再び絶望のど真ん中に落下するとき、味わう苦痛は二乗にも三乗にもなる。

「かんせんしたゆっくりがひとりでもいたら、みんながびょうきになるのよ。ぱちぇもかなしいけど、こうえんにすむみんなのためよ」
「あ…あああ……あああああああああああ!!」
「ゆあああああ!ああああああああああ!」
「ゆっくちびょうにかかったこどもふたりをころしなさい。これはおさのめいれいよ」

言わんとしていることを感じ取り、歯と歯茎を剥き出しにして絶叫するまりさとれいむに、長ぱちゅりーは冷たく告げた。
自分たちの子どもを殺せと。

「い…い…いやでずううううううううううううううううううう!!」
「だいじなおぢびぢゃんなんでず!ぞんなのいやです!いやでずううううう!」
「やじゃああ!やじゃああ!やじゃああああ!」
「ゆんやあああ!おねえしゃぁぁん!ちんじゃやじゃあああ!」
「ゆっくちいいいいいいい!ゆっくちいいいいいい!」
「ゆっくちゆっくち!ゆっくちゆっくちゆっくち!」

案の定、まりさ一家は狂乱した。
家族は一匹残らず、地面を転げ回り泣きわめく。
まりさもれいむも、だだをこねる赤ゆっくりのように叫んだ。
それだけはできない。絶対にできない。できるはずがない。
かわいい我が子を自分の手で殺すなんて、考えることさえできない。

後ろでは子どもたちが同様に叫んでいた。
非ゆっくり症の長女たちは激しい発作に襲われ、「ゆっくち!」と叫びながら跳ねる。
それにすがり、次女たちがわんわん泣いている。
姉を失うことに、次女たちが耐えられるわけがない。

「ころしなさい。ころすしかほかにほうほうはないのよ」
「でぎまぜんんんんんんん!でぎまぜん!でぎまぜん!ばでぃざはがわいいおぢびぢゃんをごろずなんでぜっだいにできまぜんんんんんん!」
「なおりまず!ぜっだいになおっでまだゆっぐりじまず!ほんどうでず!ぜっだいでず!だがらごろざないでぐだざい!おねがいでずうううう!」

れいむは長女たちが絶対治ると、叶うはずのないことを口にしている。
恐らくれいむ自身も、それが不可能だと分かっているだろう。
しかし、そう言わざるを得ない。
絶対治る、と馬鹿の一つ覚えのようにわめくしかない。
そうしなければ、殺されてしまうのだ。

「どうがおねがいじまず!なんでもじまず!どんなごどでもじまず!ばでぃざはじんでもいいでず!だがらおぢびぢゃんは!おぢびぢゃんはだずげでぐだざいいいいい!」
「でいぶがあ!でいぶががわりにじにまず!じにまずううう!だがらおぢびぢゃんはごろざないでぐだざい!おぢびぢゃんはでいぶのいぎがいでず!だがらものでずううううう!」
「そういういみじゃないのよ…………」

挙げ句の果てに、まりさたちは自分を殺すように言い始めた。
でたらめな話だ。非ゆっくり症のゆっくりを殺すのが目的なのに、健康なまりさたちを殺しては意味がない。
長ぱちゅりーは呆れと哀れみが混じった目で、哀願する二匹を見つめた。

「ゆあああっ!れいみゅが、れいみゅがおねえしゃんのかわりにちぬにぇ!れいみゅをころちてにぇえええ!」
「まりちゃがちぬのじぇ!まりちゃをころちてほちいのじぇ!それでゆっくちなのじぇえええ!」
「ゆっくち!ゆっくちぃいいいい!」
「ゆくちゆくち!ゆっくち!ゆっくちー!」

両親に引き続き、子どもたちも自分を殺すようにぱちゅりーに頼む。
下らない自己犠牲ごっこの開幕である。
長女たちも「ゆっくち!」と叫んでいるが、言いたいことは分かる。

「れいみゅがちぬにぇ!おとうしゃん、ちんじゃだみぇだよぉ!ゆっくちちてにぇ!」
「まりしゃちぬよ!ちなないとおかあしゃんがちあわしぇーになれにゃいなら、まりしゃちぬのきょわくにゃいよ!」

どうせそう言いたいのだろう。
だったらさっさとその場で頭をかち割ればいいのに、どいつもこいつも自分が死ぬ、と叫ぶだけでいっこうに死のうとしない。
まりさたちは本気かもしれないが、所詮それはただの死ぬ死ぬ詐欺とでも言うべきアピールだった。

「わかったわ」

そんな茶番に飽きたのか、長ぱちゅりーは投げやりに言った。

「ゆあああ!」
「ああああ!」
「どうしても、こどもたちをころすことはできないわけね」
「はいいいいい!ぞうでず!でぎまぜんんんん!」

もしかしたら助けてくれるかも、と最後の希望を胸にまりさはぱちゅりーの前に土下座した。

「なら、ぱちぇたちがころすわ。やりなさい」

まりさが反応するより先だった。
護衛まりさと護衛れいむの口から飛び出したフォークが、長女れいむと長女まりさを一撃で貫いていた。
捕鯨で使う銛のようだ。

「ゆぢぃいいいいい!」
「いぢぃぃぃいいいい!」

眉間を突き刺された二匹は、そろって体を痙攣させて激痛に悶える。

「あ……お…おぢびぢゃあああああああああああああん!」
「れいむの……おぢびぢゃんがああああああああああああ!」
「れいみゅのおねえしゃんがあああああああああああ!」
「まりちゃのおねえしゃんがあああああああああああ!」

少し遅れて、家族は一斉に絶叫した。

「ゆぎっ!ゆぎぢっ!ゆぎっぢ!ゆっぎじいいいいいい!」
「ゆっぎいいいいいい!ぎぢ!ぎぢ!ゆっぎゃぢいいいいいいい!」

串刺しにされた長女れいむと長女まりさは、下半身をぐねぐねと振ってもがいた。
しーしーとうんうんが盛大に流れ出して地面を汚す。
今まさに死のうとする二匹は、この世の名残に最大の苦しみを味わっていた。

「やべでぐだざい!やべでやべでやべでやべでええええええええ!いだがっでまず!ぐるじがっでまず!じんじゃいまず!ごろざないでぐだざいいいいいい!」
「おねがいでず!おねがいでず!やめで!やべでえええええ!ごんなの!ひどいっ!ゆっぐりじで!ゆっぐりじでぐだざい!ゆっぐりざせでぐだざいいいいいいい!」

気が違ったようにまりさとれいむは護衛たちにすがる。
涙をまき散らし、顔をべちゃべちゃにし、餡子の漏れ始めた額をさらに地面にこすりつけ、どうにかして許してもらおうと懇願する。
二匹の恥も外聞もないお願いを、護衛たちは一切聞くことはなかった。

「ゆっぐ……ぢ…………ゆぐ…………ちっ…………」
「ゆっ…………ちっ…………ゆぐ…………ぢぃ……」

時間にして一分ほどだったが、まりさは一時間のように感じた。
恐らくそれは、死んでいく長女たちもそうだっただろう。
次第に長女れいむと長女まりさの悲鳴はかすかになり、もがく動きも弱々しくなっていく。
そして、ついに二匹の動きは止まった。
食いしばっていた口がだらしなく開き、舌がだらんと落ちた。
護衛たちがフォークを引き抜くと、二匹の体はただのものとなって地面に転がった。
長女れいむと長女まりさは、死んだ。

「かわいそうだけど、これしかほうほうがないのよ」

言っていることとは裏腹に、長ぱちゅりーはまったくかわいそうに思っている様子はなかった。
それをなじるものはいない。

「あああああああああ!うわああああああああああああああああああああああ!」
「あおおおおおおおおおお!おあああああああああああああああああああああ!」
「ぴぃいいいいいいい!ぴぎゃあああああああああああああああああああああ!」
「ゆぴぃぃいいいいい!ゆっぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

長女の亡骸にすがり、狂ったように親子は泣いていた。
ぱちゅりーも護衛たちも、まりさたちの目に入っていない。
存在すらしていなかった。
四匹は息絶えた長女の死体にすりすりし、ぺろぺろし、号泣する。
あれだけ泣いたというのに、まりさの目からは無尽蔵に涙が流れて止まることがない。
我が子の死。
それはまりさのゆん生最大の悲しみだった。
どれだけ泣いても、まりさたちが泣きやむことはなかった。

「いきましょう。これがむれのためなのよ」

立ち去る長ぱちゅりーたちは、家族を思いやる様子は一切なかった。



自分の巣に戻ろうとする長ぱちゅりーと護衛たちに、数匹のゆっくりが跳ねてきた。

「おさあああ!たいへんだよおおお!」
「またゆっくちびょうだよおお!こわいよおお!」
「ゆっくりできないよおお!うつったらやだよおおお!」

長ぱちゅりーはそれを見ると、うんざりした様子でつぶやいた。

「むきゅ。またなの……。しかたないわ。だれであろうとゆっくちびょうのかんじゃはころさないと…………」

長ぱちゅりーの論理では、ゆっくちびょうのゆっくりを排除した自分の群れではゆっくちびょうは発症しないはずだった。
しかし現実は異なる。
後から後から、ゆっくちびょうを発症したゆっくりが発見されるのだ。
だが、長ぱちゅりーはこれを自分が間違っているからだとは思っていなかった。

どこかに、ゆっくちびょうを発症したゆっくりが隠されているはずだ。
長ぱちゅりーが間違えるはずはない。そんなことはあってはならないのだ。
予想通りにならないのは、群れの誰かが長ぱちゅりーに従わないからだ。
無能なゆっくりがいるせいで、長ぱちゅりーの苦労が報われることはないと信じ込んでいた。

息を切らせて、ゆっくりたちが長ぱちゅりーのそばにやってくる。

「それで、こんどはだれがゆっくちびょうなのかしら」
「つれてきたよ。おさ、ゆっくりみてね!」

悠然と長ぱちゅりーは、他のゆっくりたちによって連れてこられたゆっくちびょうのゆっくりを見た。
自分では、リーダーらしく威厳を持ってカリスマにあふれた仕草で見たつもりだった。
その動作が、凍り付いた。

「ゆっくち!ゆっくち!ゆっくちぃ!」
「ゆっくちゆっくちゆっくち!ゆっくちゆっくちゆっくち!」

捕らえられたゆっくちびょうのゆっくりは、見覚えがあった。
長ぱちゅりーそっくりの賢そうな顔。
長ぱちゅりーそっくりのゆっくりした形。
長ぱちゅりーそっくりの素敵なお帽子。
それは長ぱちゅりーが目に入れても痛くないくらいにかわいがっていた、最愛のわが子たちであった。

ぱちゅりーは知らないが、子ぱちゅりーたちは恵まれた生活を送っているようでいて、実際はかなりのストレスを感じていた。
自分の判断が絶対と信じて、群れの非ゆっくり症のゆっくりたちを殺していく母ぱちゅりー。
その子どもたちは虐められることこそなかったが、周囲からいつも冷たい眼差しを浴びていた。
ゆっくりできない親の行動が、子どもたちを非ゆっくり症のゆっくりに変えてしまった。

「むきょきょおおおおおおおおおおおおおおおお!どぼぢでばぢぇのおぢびぢゃんがゆっぐぢびょうなのおおおおおおおおおおお!!」

そうとも知らない長ぱちゅりーは、生クリーム混じりの唾を空中に飛ばしながら絶叫した。
こんなことあるはずがない。
あっていいはずがない。
間違いだ。間違っている。間違っているに決まってる。
森の賢者の長ぱちゅりーに過ちはないと、天が保証しているのだ。

「むぎょおおおおっ!ごればなにがのまぢがいよおおおおお!ぢがうわ!ごればゆっぐぢびょうじゃないわ!ちがうびょうぎよおおおおおお!」

長ぱちゅりーは髪の毛を振り回してわめき散らす。
徹底的に否定した。
間違っていると森の賢者の知性で糾弾した。
しかし、ゆっくちびょうにかかった子ぱちゅりーたちはそのままであり、変わることはない。

「おさ……かなしいけど、しかたないよね」
「むれのためだよ……。おさのきもちはわかるけど」
「ころさないと……いけないよ」
「どうしようも、ないんだよ………」

ぼそぼそと群れのゆっくりたちが口にする。
いつの間にか、ゆっくりたちは長ぱちゅりーと子ぱちゅりーを取り囲むようにしていた。
逃げられないように包囲している。

「おだまりなざいいいいいい!ちがうったらちがうのよおおおおお!みどめない!もりのげんじゃのばぢゅりーはごんなのみどめないわよおおおおおおお!」

群れのゆっくりたちは長ぱちゅりーをじっと見る。
その中の何匹かは、子どもを殺されたゆっくりだ。
その中の何匹かは、親を殺されたゆっくりだ。
恋人を殺されたゆっくりがいる。友人を殺されたゆっくりがいる。
長ぱちゅりーを、じっと感情のない目で見つめている。

「ゆっくちー!ゆっくちー!」
「ゆくち!ゆくちゆくちゆくち!ゆっち!」

なにやら訴えている子ぱちゅりーの声が、煩わしくて仕方がない。
長ぱちゅりーは子ぱちゅりーたちに急いで詰め寄った。
このうるさい「ゆっくち!」という声を止めなくてはいけない。

「あああああああ!おぢびぢゃあああああん!ぱちぇのいうごどをぎぎなざい!ゆっぐぢいうのをやべなざい!ふづうにじゃべるのよ!でぎるでじょおおおおおお!」
「ゆっくち?ゆっくちー!ゆっくち!ゆっくち!」
「ゆくちゆくち!ゆっくち!ゆっくちー!」
「ゆっぐぢいうのをやべろっでいっでるだろうがあああああああああああああ!!」

天才に従わない無能な子どもたちに激高し、長ぱちゅりーは口汚く我が子をののしった。
口からまき散らされる唾が、子どもたちの顔を濡らす。

長ぱちゅりーは気づいた。
護衛まりさと護衛れいむが、子どもの側にいる。
二匹は同時に、処刑人でもあった。

「やべでええええええ!めいれい!ばぢぇのめいれいよおおおお!おぢびぢゃんをごろずな!ごろずなああ!ごろじだらおまえもごろじでやる!ごろずううう!」

本気だった。
もし子どもを殺すようなら、長のぱちゅりーが相手になってやる。
かみついてやる。髪の毛を引き抜いてやる。目玉をえぐってやる。
殺してやる!絶対に絶対にぶっ殺してやる!
ありったけの殺意を込めて叫ぶ長ぱちゅりーを、あのゆっくりしていない護衛まりさは鼻で笑った。

「やってみるんだぜ。もしかてるとほんきでおもってるんだったら、えんりょなくかかってくるんだぜ」
「ぶきゅぅぅうううううおおおおおおおお!?」

長ぱちゅりーの本気が、歯牙にもかけられなかった。
相手にする価値もないと、あざけられた。
プライドをずたずたに引き裂かれた長ぱちゅりーは、四方八方に怒鳴り散らす。

「うるざいいいいいいいいい!おざのめいれいだあああああああ!きけっ!きけっ!ぎげえええええええ!ぎぐんだ!おざっ!おざっ!ばぢぇはおざ!おざなんだああああああ!
ゆっぐりはぜんいんおざのぱぢぇのめいれいにはぜっだいにふくじゅうずるんだああああああああああああああ!!」

権力を振りかざしてわめく長ぱちゅりーの姿は、かろうじて残っていた長ぱちゅりーに対する群れの忠誠心を砕くのに十分だった。
ぱちゅりーは長でもなんでもなかった。
ただの我が子かわいさに平気で規則を破るような、どうしようもないゆっくりでしかないのだ。

「もうぱちゅりーはだめみたいだね。みんな、あたらしいおさをきめようね」

絶妙のタイミングで言った護衛れいむの言葉に、群れのゆっくりたちはうなずいた。
この瞬間、長ぱちゅりーはただのぱちゅりーになった。
もう、自分に権力はない。ただのゆっくりに成り下がった。
力もない。人間に媚びる能力もない。
誰かが従ってくれなければ何の役にも立たない、最下層のゆっくりに落ちたのだ。

「むっぎゅううううう!ごのおんじらずどもおお!ぱちぇがどれだげおまえらをだずげでやっだとおぼっでるんだ!めいれいぐらいぎげごのぐぞゆっぐりがああああああ!
ぐぞゆっぐりども!ぐぞゆっぐりども!やぐだだずども!おぢびぢゃんはびょうぎじゃないっでいっでるのがぎごえないのがああああああああ!びょうぎじゃない!びょうぎじゃない!
ばぢぇがびょうぎじゃないっでいっでるがらびょうぎじゃないんだあああああああああああああああああああああああああ!!」

誰も相手にしないことに気づかず、ぱちゅりーは地団駄を踏んで騒ぎ立てる。
無様で哀れな本当の姿が衆目にさらされる。
あまりにも惨めな末路だった。
ぱちゅりーの元護衛の口からフォークが飛び出した。

「おねがいじまずうううううう!ぱぢぇの!ぱぢぇのおおおお!おでがいでず!おねがいでずううううう!おぢびぢゃんをごろずのはやめでぐだざい!
うつりまぜん!ゆっぐぢびょうはほがのゆっぐりにうづりまぜんんんんんん!だがらおぢびぢゃんをごろざなぐでもだいじょうぶでずうううう!
ぱぢぇがまぢがっでまじだ!ぱぢぇはどうじようもないぐぞゆっぐりでず!ぐぞゆっぐりをがわいぞうにおもっでだずげでぐだざぁいいいいいいい!」

ぱちゅりーはまりさとれいむにしがみつくと、二匹の前でばんばんと顔を地面に叩きつけた。
一世一代の土下座だった。
プライドが高く自分がゆっくりの中で一番偉いと思っていたぱちゅりーが、情けなくかつての護衛に慈悲を請うたのだ。
だが、ぱちゅりーは忘れていた。
自分が同様の訴えをしたゆっくりの家族や友人や恋人を、無視して殺してきたという事実を。

「まりさは、ゆっくちびょうがうつるかどうかわからないのぜ」

頭に釘が刺さったままのまりさは、涙とよだれと汗でぐちゃぐちゃになったぱちゅりーを冷たい目で見た。
ぱちゅりーは、今まで自分のしてきたことがどれだけ非道だったのか、ようやく理解した。
理解したからと言って、子ぱちゅりーが殺されるのを認めるわけにはいかない。

「むぎゅぎゅうううう!だっだら!だっだらだずげでっ!おぢびぢゃんをだずげであげでええええええ!」

最後の希望であるまりさの慈悲にすがり、ぱちゅりーはわめく。
しかし、まりさはまったくゆっくりしていなかった。

「でも、いままでぱちゅりーはゆっくちびょうがうつるっていって、たくさんのゆっくりをころしたんだぜ。
だから、じぶんだけおちびちゃんをたすけてもらえるなんて、むしのいいことはかんがえないほうがいいのぜ」
「あ……あ…ゆがああああああああああああああああああああああああ!!」

顎が外れるほど大きく開いて叫ぶぱちゅりーの目の前で、フォークが子ぱちゅりーに突き刺された。



公園の出入り口に、ぱちゅりーがいた。
ほんの半時間前まで、群れの長だったぱちゅりーだ。
あの根拠のない自信に満ちていた姿は消え失せた。

「おちびちゃん……ぱちぇのかわいいかわいいゆっくりしたおちびちゃん…まちがってるのはみんなよ……」

髪を振り乱し帽子のずれたぱちゅりーの目は虚ろで、生きているはずのゆっくりなのに死んでいるかのようだ。
ぶつぶつとぱちゅりーは呟いている。
ぱちゅりーは口で二匹の子ゆっくりの死体を引きずっていた。
頭を割られて苦悶の表情を浮かべたまま息絶えた、ぱちゅりーのかわいい子どもたちだ。

「むきゅきゅ、みんなまちがってるわ………。おちびちゃんはしんでなんかいないわ……。びょうきでもないわ……。
そうよ!ぱちぇのかわいいおちびちゃんはゆっくりしてるだけなのよ!ゆっくりしてるわ!ゆっくりしてる!してるわああああ!
むきゅきゅきゅきゅううううう!ぱちぇはてんさいよおおおおおおおおおおおおおおお!」

子ぱちゅりーは生クリームを垂らして死んでいるにもかかわらず、ぱちゅりーは話しかけるのを止めない。
挙げ句の果てに、急に空を見上げてぱちゅりーは呵々大笑した。
だが次の瞬間、ぱちゅりーは子ゆっくりにすりすりして大泣きする。

「むぎゅ……むぎゅ…むぎゅうううううううう!!おぢびぢゃぁああああん!ごめんねえっ!ごめんねえっ!
ぱちぇをゆるじでね!むのうなぱぢぇをゆるじでねえええええええ!おぢびぢゃぁああああああん!!」

ぱちゅりーは、自分を無能だと認めた。
それは、ゆっくりしていないゆっくりだと認めたに等しい。
無能という語は、ぱちゅりー種にとってありす種のいなかものと同レベルの軽蔑の言葉だ。
むのうなぱちゅりー。
自分のことをそう評したぱちゅりーは、自分を最低レベルに貶めた。
ぱちゅりーの非ゆっくり症に対する対処は間違っていた。
しかし、ぱちゅりーの自分に対する評価は正しかったと言えよう。

疑心暗鬼に駆られたゆっくりたちは、こうして同族殺しを繰り返した。
ついに同族さえも、ゆっくりたちをゆっくりさせなくなったのだ。



Cのケータイに、A主任からのメールが入った。
内容は一文だけだ。
そこにはこう書いてあった。

『そろそろ始まるよ』

次anko2450 ゆっくり退化していってね!6

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