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「ありがとうございましたー」
 男は小さなケーキの箱をぶら下げ、夕暮れの商店街をのんびりと歩いている。
 箱の中には二つ。一つは男の好物のチーズケーキ、もう一つはゆっくり用に甘味を調整され
た特製のチョコレートケーキだ。
「今日は一周年だからなぁ」
 男がちぇんを飼い始めたのは、大学三年生の頃だったろうか。
 初めは、就活のストレスを最近話題のゆ虐で発散しようと考えていたのだ。ところが、ゆっ
くりショップに立ち寄って、安い銅バッジのちぇんを購入してみたところ、猫に似た何とも言
えぬ愛らしい様子に、晴れて愛で派に転向したのである。


 ショップの店員が教えてくれたことによれば、どうもちぇんは同じケースで飼われていたゆ
っくりまりさに苛められていたらしい。
 発覚してすぐに、まりさはれみりゃの生き餌にされたものの、時既に遅し。ちぇんは生来の
明るさに欠けたやや暗めのゆっくりになってしまったのである。
 飼われた当初こそ、男にビクビクしていたものの一年経ち二年経ち……帽子の銅バッジが銀
になる頃には、ちぇんもすっかりと明るさを取り戻していた。
 ただ、これは生来のものなのか。相変わらずちぇん種としては大人しい方であった。
 別段、何の害にもならないので男はよしとしていたが。


 そうして、ちぇんの励ましによって空前の大氷河期と言われた就活もどうにか潜り抜け、今
日が社会人となって一年目。
 そのお祝いと、もう一つのお祝いも兼ねて男はケーキを購入したのである。
 安アパートの一階、その隅がちぇんと男の部屋だ。いつものようにドアを開き、ちぇんに呼
びかける。
「ただいまー」
 しん、と静寂。いつもなら「おかえりなさーい」と駆け寄ってくるはずのちぇんが、呼びか
けに応じない。
「……寝たのかな?」
 首を傾げつつ、男は靴を脱いで狭い廊下の扉を開いた。
「ゆ、ゆっくりおかえりなさいなんだぜ! まり……ちぇんなんだぜ!
 わかるよーっ!」


 バサリと、男が手にしていたケーキの箱が床に落ちた。


「……なん、だ」
 嫌な予感に、全身が震えた。目の前にいるのは、薄汚い野良まりさだ。
 だが、問題は一つ。まりさのトレードマークとも言える帽子が、男の飼っているちぇんの帽
子にすり替わっていた。






『火刑法廷』 マンネリあき






 ……野良まりさは、焦っていた。
「どうしようまりさ……おちびちゃんが、おちびちゃんがしんじゃうよぅ……」
 妻である親れいむの、情けない声。
 既に子まりさ、子れいむの二匹がいるにも関わらず、二人は夜の急な寒さを防ぐためにすー
りすーりを行い、結果、更に二匹の赤まりさ、赤れいむを生んでしまったのだ。
 野良の群れに所属はしているものの、リーダーであるまりさは厳しく、余程のことがない限
り食料など分け与えない(元よりその余裕はない)。
 そればかりか、「おちびちゃんばっかり作る役立たず」として追放されるかもしれないのだ。
「どうしよう、どうしよう……」
「ゆえええん……おにゃかすいちゃよぅ……」
「ゆっ、ゆっ、ゆぅっ……」
「いもーちょ……いもーちょお……」
「ゆっくりちたい……ちたいよお……」
 力無く横たわる四匹のおちびちゃんを見て、まりさは以前から考えていた案を実行に移す決
意をした。
「なくんじゃないんだぜ、れいむ! おちびちゃん! おとうさんがなんとかするんだぜ!」

 彼らはゲスでこそないが、善良かと言われるとそうでもない。人間の恐ろしさは身に染みて
いるが、人間を真に理解している訳ではない。
 家族を心より愛し、家族のみを「ゆっくりさせるべき存在」と認識している、ごくごく平凡
なゆっくりである。
「ど、どうするの……? まりさ、にんげんはおうちせんげんをりかいしてないんだよ……?」
 親れいむの言葉に、親まりさはニヤリと笑った。
「わかってるんだぜ! だから、おうちせんげんじゃなくてかいゆっくりになるんだぜ!」
「ゆゆ!? むりだよまりさ! のらはかいになんて――」
「こーしょ、こーしょ、こーしょ!」
 親まりさの囁きに、親れいむの顔は見る見る内に明るさを取り戻した。
 それほどまでに、親まりさの提案は見事なものだったのだ。
「おちびちゃん、もうちょっとだけがんばるんだぜ! いまからかいゆっくりになって、たっ
ぷりのあまあまでゆっくりできるんだぜ!」
「ゆ……あみゃ……あみゃ……」
「むーしゃむーしゃしゅるよ……」
「あみゃ……あみゃ……」
「ゆっくち……しゅるよ……」
 子供たちがほんの少しだけゆっくりを取り戻したことを確認し、六匹家族は息せき切って出
発した。


●

●

●


「ゆっふっふ! さあ、ちぇん! そのぼうしをよこすんだぜ!」
「い……いやだよ……このおぼうしさんはわたせないんだねー……」
「ごちゃごちゃいわずにわたせえええええええ! おちびちゃんがゆっくりしてもいいってい
うのかあああああああああああ!」
「……」
「こうなったらちからづくでやるんだぜ!」
「いだっ! やめ……やめてよ……! むりだよ、おにいさんにはそんなの……いだいっ! 
やめで! やめでええええええええええええ!」
「にげるなだぜえええええ! にげるとどうなるかわかってるんだぜ!?」
「……っ!」
「ゆふふふふ! このおぼうしさんがあれば! このおぼうしさんがあれば! まりさたちは
かいゆっくりになれるんだぜ! かいゆっくりにいいいいいいいいいいいいい!」
「もうこのちぇんはようなしだね! でも、せっかくだからちぇんはおちびちゃんのために、
ごはんさんになってもらうよ!」
「いだっ! いだいっ! やめっ……やめでっ……おにいさんは……にんげんさんは……きか
ない……いだあああああああいいいいいいいっ!」
「むーしゃむーしゃ! あまあま! あまあまだよおちびちゃん!」


「「「「むーちゃむーちゃ、しあわせー!」」」」


「ごめ……なさ……おに……さ……ね……こ……よろ……しく……」


●

●

●


「ちぇんをどこにやったこのクソ野郎があああああああああああああああああ!」
 男は狂ったようにまりさを蹴る。
「いだい! やめで!? やめでええええ!? ちぇんだよおおお! まりざはちぇんだよおおお
おおおおおおおおおおおお!」
 男は親まりさの頭に載せてあった帽子を掴み、奪い取った。
「ゆゆ! かえすんだぜ! かえすんだぜにんげん! それがないとまりさだぢががいゆっぐ
りになれな…………ゆわぁっ!!」
 親まりさは絶句した。これまで、蔑みの目で人間たちに見られることはあった。みっともな
い、薄汚いゆっくりだとバカにされることはあった。
 だが、男の目は違う。
 憎悪、殺意、憤怒……そういう、人間がゆっくりに対して滅多に当てることのない感情を、
叩きつけていた。
 たちまち、だらしなくおそろしーしーが垂れ流される。
 男はそれを一瞥すらせずに、親まりさの目を見て告げた。
「……答えろ。俺のちぇんは、どこにいる」
「ぞ、れは……」



「むーちゃむーちゃ、あみゃあみゃ! あみゃあみゃあああああああ!」
「……!?」
「ゆわあ! おちびちゃんゆっくりしずかにするんだぜ!」
 窓を開けたところにある小さな庭。そこから、他のゆっくりたちの声がした。
「……まさか」
「ゆわ……ゆわわわわ……」
 ガタガタと震える親まりさを蹴り飛ばし、男は靴下のまま庭に飛び出した。蠢く草むらを掻
き分け、「ちぇん!」と叫んだ。


 そして、見た。


「むーちゃむーちゃ……ゆゆ!? に、にんげんさんだ!」
「おちびちゃん、おちついてね! げ、げんきよくごあいさつするんだよ!」
「むーしゃむーしゃ! うめぇ! まじうめぇ! あみゃあみゃちあわしぇえ!」
「むーちゃむーちゃ……れいみゅたち、きゃいゆっくちになれりゅんだから、おぎょうぎよく
ちないとね! むーちゃむーちゃ! ちあわしぇええ!」
「むちゃむちゃむちゃ! むちゃむちゃむちゃ! うんうんしゅっきり! むちゃむちゃむち
ゃ! ちあわちぇええええ!」
 ゴミにたかる蛆虫のように、ちぇんの体を貪る四匹のゆっくり。
 一匹などうんうんする時間も惜しいのか、チョコレートを舐めながら薄汚い茶色の餡子を排
泄していた。
 そんな彼らを庇うように、親れいむが立ちはだかる。
 彼女は自信満々に男に告げた。
「まり……ちぇんのおよめさんになったれいむだよ、よろしくね!
 これはれいむたちのかわいいかわいいおちびちゃんだよ!
 これから、ずっとずっとゆっくりさせてね! もちろんおちびちゃんもだよ!」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それは、怒りの咆吼だった。
 のんびりとちぇんの体を貪っていた四匹が跳び上がって、しーしーを漏らした。
 親れいむもちょろちょろと垂れ流しながら、絶叫する男におずおずと告げる。
「ゆ……ゆっくり、ゆっくりしていってね。ゆっくり………………ぴいいいい!」
 男が親れいむを睨み、もみあげを乱暴に掴むと部屋の中へ放り込んだ。
「お、おきゃあしゃんになにすりゅんだじぇくしょにんげ……」
「……ゆ、ゆああ……」
「ゆっくち……ちてにぇ? ゆっくちちてりゅよ……じゃから……ゆっくち……」
「ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
 子ゆっくりと赤ゆっくりは抗議の声をあげようとして、途中で止めた。
「…………」
 殺意が滲み出る男の表情は、一切を拒絶している。


 ……故に。次に起こったことは奇跡的とも言える出来事だった。
 男は無言で四匹の子ゆと赤ゆを掴み、握り潰すことなく運んだのである。
「ゆ、ゆっくりしていってね……まりさは……ちぇんだよ……ちぇんなんだぜ……?」
「そ、そうだよ……」
 既に帽子が取っ払われているにも関わらず、ちぇんだと言い張る親まりさを軽く蹴り飛ばし、
何かに使おうと思ってしまいっぱなしだった引っ越し用のダンボールに六匹を放り込んだ。

「ゆ! や、やめでね! くらいくらいさんはゆっくりできないよ!
 おちびちゃんたちがこわがるでしょお!?」
「ゆんやああああ! きょわいよおおお! まっきゅらいやああああああ!」
「だすんだぜ! かいゆっくりのまりさをだすんだぜ! だすんだぜ!」

 男は一切を無視して、ガムテープで念入りに蓋を接着すると、スコップを持って庭の土を掘
り始めた。
「……ちぇん、ごめんな……」
 男は涙を流してただ謝った。
「もうちょっとしたら、お前におちびちゃんを作ってやるはずだったのに……」
 ちぇんとてゆっくり。時に、おちびちゃんを羨ましそうに眺めていることに男は気付いてい
た。相性の良いらん種ならば、大人しいちぇんでも上手くやっていけるだろう。
 そう考えて、ちぇんの承諾があれば明日にでもゆっくりショップに行くつもりだったのだ。
 だが、それもこれも全部潰えた。
 男はちぇんを思い、怒り、悲しむ。
 生きたまま食われるというのは、どれほど辛くて痛い出来事だったのか。
 自分がもう少し、もう少し早く家に帰っていれば……。


 ――でも、どうしてだ? ちぇんは、不用意に窓を開くような奴じゃないんだが。


 埋め終わった男は、念のために窓を確認した。割れてはいない。今日もきちんと鍵を締めて
いったはずだ。
 それに、男が飼っていたちぇんは外の散歩があまり好きではない。
 いじめられていた経験が未だに尾を引いているのか、どうにも引っ込み思案だったのだ。
 もちろん、いくら臆病でもちぇんは野良の脅しに負けて窓を開けたりするほど愚かな訳でも
ない。
「……まあ、どうでもいいか」
 どうでもいい。ちぇんは自分の飼いゆっくりだった。
 そして、ちぇんを殺したのがあの六匹のクソ野良だったというだけだ。
 アイツらは、これ以上ないくらい残酷な目に遭わせてやる。
 簡素な墓に手を合わせ、男は呟く。

「ちぇん。今までありがとうな。たくさんゆっくりさせてくれて、ありがとうな。
 ……あいつらは、俺が地獄に叩き落としてやるから」


 男は涙を拭いて立ち上がり、彼らの「刑」を執行するための道具を集め出した。


●

●

●


 ダンボールの揺れが、まりさ一家の不安を否応なしに掻き立てていた。
「どうしよう……まりざぁ……どうじよう……」
「……だ、だいじょうぶなんだぜ。まりさが、みんなをまもるんだぜ……」
 ガタガタと震えながら、親まりさと親れいむはすーりすーりする。
 子ゆっくり、そして赤ゆっくりたちも恐怖を少しでも抑えるためだろう、いつまでもすーり
すーりを繰り返していた。
 これほどすーりすーりを繰り返せば、分泌液が出てすっきりに及ぶこともあるのだが、彼ら
はそんな液が出ないほどに、緊張……ゆっくりできなくなっていたのだ。
「おとうしゃん……どうちて? きゃいゆっくりになれたんだよにぇ……?」
「ゆ……」
 親まりさは、口をつぐんだ。


 ――どうして、うまくいかなかったのだろう。


 親まりさの計画は完璧だった。上手く誘い出した飼いゆっくりのちぇんから帽子を奪い、彼
に成り済ます。
 あのちぇんは相当に可愛がられていたのは調査済みだ。
「れいむとうんっめいのであいをはたしたんだぜ! もうおちびちゃんもたくっさんいるんだ
ぜ! みんなゆっくりしてるんだぜ!」
 ……と言えば、飼い主は言うことを聞いてくれるはずだった。
 このまりさは、やはり人間を理解していなかった。
 人間は「野良ゆっくり」に対しては冷たいが、「飼いゆっくり」に対しては奴隷のように何
でも言うことを聞いてくれる。
 そして――人間も、ゆっくりと同じで。


「おかざりを取り替えれば見分けがつかない」


 そんなことを、本気で信じていたのだ。
 がたがたと揺れていたダンボールが、不意に停止した。
「ゆっくり……とまったんだぜ?」
「ゆ……」
 不安そうに寄り添う一家、その頭上から突然大きな音が鳴り響いた。
 ビリビリビリビリビリ!
「ゆわっ! なになにこれなに!?」
「て、てんじょうさんがあああ!」
「あかりゅくなっちゃよおおおお!」
 ダンボールが雑なやり方で引き千切られ、蓋が開いた。
 途端、ぐるんと世界が回転した。
「ゆっ! ゆああああああああああああああ!」
「めがまわりゅううううううううううう!」
「たちゅけちぇええええええええええええ!」

 ごろごろごろごろ。

 転がったまりさたちは、全身の痛みを堪えながら周囲を見回した。
「かわ、さん……?」
 隣にあるのは、いつもまりさたちに水と死を提供してくれる川だった。
 そして、彼らには分からなかったが周囲にはバケツ、水、オレンジジュースのボトル、消火
器、ミニバーベキュー用のテーブル、トング、その他様々なものが集められていた。
 助かった……の?
 そんな有り得ない希望を、頭上からの声が打ち砕いた。
「おい」
 そう声を掛けられた途端、親まりさたちは一斉にしーしーを噴出した。
「ゆびゃああ!」
「ゆび! ゆび! ゆびぃ!」
「きょわいよおおおお!」
 醜く喚き散らしながら暴れ回るゆっくりたちに、男はハエ叩きで軽くぶちのめした。
「話を聞け、このクソゆっくりどもッ!!」
「……ッ!」


 男の怒声に、ゆっくりたちは震え上がった。
 しばしの沈黙。
 赤ゆっくりたちは、重圧に耐えかねて餡子を吐き出しそうになっていた。それを悟った子ゆ
っくりたちが、懸命にすーりすーりをしている。
「お前ら、自分たちが何をしでかしたか分かっているのか?」
 男の言葉に、
「ま、まりさたちは……」
「れいむたちはかいゆっくりになりたいだけだよ!」
 親まりさが何か言うより先に、親れいむが意を決して前に出た。
 親れいむは我慢ならなかったのだ。
 野良というだけでバカにされ、蔑まれ、命の危険すらあるゆん生に。
 いや、自分だけならいい。自分だけなら我慢できる。
 でも、自分たちの可愛い可愛いおちびちゃんたちだけは、こんなゆん生を歩ませたくなかっ
たのだ。
「かいゆっくりはずるいよ! あまあまをむーしゃむーしゃできて! いっせいくじょっもこ
わくなくて! あめさんもゆきさんもへいきで!
 ずるいずるいずるいずるいずるいんだよおおおおおおおおおおおおおお!
 ぜめで! ぜめで! おぢびじゃんだげはかいゆっぐりにじであげだがったんだよおおおお
おおおおおおお! なんで! なんでぞんなごどがりがいできないのおおおおお!」
「黙れゴミ屑」
「ぶべ!」
 男はそんな身勝手で、独善的な発言を無視して親れいむを踏んづけた。
「やめろ! やめるのぜ! れいぶのきれいなおかおざんをふむんじゃないぜえええ!」
 うねうねと必死になってまとわりつく親まりさも、ついでに踏む。
「ゆひっ、ゆひっ、ゆひぃっ……!」
「おい、お前ら」
「ゆひっ!」
「ゆぢぃっ!」
「きょわいよぉお!」
「お、おとうしゃんをはなしゅんだじぇ! ぷきゅーっ!」
「なあお前ら、ちぇんは美味しかったか?」
 男の問い掛けに、親まりさと親れいむは踏まれている状況も忘れて凍りついた。
「ちぇん?」
「ああ、違うか。お前らがさっき食ってたあまあまだよ。美味しかったか?」
 子ゆっくりたちは顔を見合わせ、幸せいっぱいという表情で叫んだ。
「とーーーーーーってもおいちかったのじぇ!」
「とってもゆっくちちてたにぇ!」
「まちゃむーしゃむーしゃしたいよ!」
「あんなあみゃあみゃをむーちゃむーちゃできりゅなんちぇ、おかあしゃんのいっちゃちょお
り、かいゆっくちはじゅるいんだにぇ!」


「…………そうか」
 別段許す気はなかった。ただ、これで何があろうと我慢できると思った。こいつらに地獄を
味わわせるためなら、殺意の衝動で楽に潰し殺すなんてことはもう有り得ない。
「そろーり……そろーり」
 親まりさが逃げようとしているのを、横目に見て男は言った。
「無駄だ。まりさ。お前らには見えないだろうが、周りは壁に囲まれている」
 加工所特製、大型の透明な箱。それがまりさたちの牢獄であった。
「さて。これからお前たちをどうするかだが……お前たちに決めさせてやる。
 死刑か、火刑か。どちらがいい?」
「ゆっ! し、しけい!? しけいってえいえんにゆっくりさせるってことだよね!?」
 親れいむが跳び上がってそう叫ぶと、たちまち家族に伝染した。
「し、しぬのいやだ! いやだよおお!」
「どうちてまりちゃたちがしななきゃいけないのおおおおおおおおお!」
「しぬのやじゃあああ! やじゃやじゃあああ!」
「たちゅけちぇえええ! どちゅううう! どちゅううう!」
「れいみゅまだむーちゃむーちゃしちゃいよおおおおおおおお!」
「なら、火刑がいいのか?」
「か、かけいさんって……どん、なの……?」
 男は冷然と告げる。
「答える義務はない。ただ、死ぬかもしれないが……死なないかもしれない。
 そういう刑だ」
「ゆ……」
 男は両手を広げた。
「俺がこの指を全部折りたたむ前に答えろ。さもなければ、自動的に死刑にする」
「ゆゆ! まっでね! まっでまっで! おぢづいでがんがえざぜでぐだざい!」
「まず一本目」
「ゆああああっ! れいぶ! れいぶ! どうしようどうしようどうしよおおお!」
「どうずるもごうずるもわがらないよおおおおおおおおおおおお!」
「おとうしゃん! おとうしゃあああん!」

 親まりさはパニックになって、救いを探す。
 見たこともないドスが来てくれないか。
 顔見知りのゆっくりたちが助けに来てくれないか。
 天使のような愛でお兄さんが助けてくれないか。

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け
て助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け
て助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け
て助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!

 指は二本、三本とどんどん折りたたまれていく。
 親まりさの思考はこれ以上にない高速回転を行っているが、結論が出るはずもない。
 でも、そんな親まりさにも一つだけ。たった一つだけ理解できたことがある。


 死刑は嫌だ!
 死刑はゆっくりできない!
 死刑だけは、絶対絶対絶対にいやだ!


「がげいっ!」
「……火刑で、いいんだな?」
 親まりさは無我夢中で頷いた。
「がげいでいいでず! まりざだぢはがげいをうげまず!」
「ゆはっ、ゆひっ、ゆっぐぢぢだい……ぢだいよお……」
「「「「おきゃあしゃあん!」」」」


 家族たちがゆんゆんと泣きじゃくるのを眺めながら、男は頷いた。
「よし。なら、まりさの望み通りにしてやる。……火刑を、始めよう」


●

●

●


 男はライターとフマキラーを取り出した。
「なに、それ……」
 おどおどと、不思議そうな表情で親まりさが尋ねてくる。
 思った通りだ、と男はほくそ笑んだ。この街はかなり厳しめの禁煙条例が敷かれている。野
良で生き続けてきたゆっくりたちは、滅多に「火」というものを体験することがない。
 暑い、寒いくらいはあるだろう。夏のマンホールで火傷するということも体験したかもしれ
ない。だが、それはあくまで「太陽」の熱だ。
 間近に、「火」を見たことがあるゆっくりとはそれほど数があるまい。
「教えてやるよ」
 ライターの火がつき、その輝きに目を奪われたのも一瞬。
 フマキラーの噴射で、炎が舐めるようにまりさ一家たちの頭上を襲った。


「ゆぎゃあああああああああああああああああああ!?」
「なにごれえええええええええええ! あぢゅい! あぢゅいよおおお!」
「だずげでええええええええええええええ!」
 男は当然、こんなことで死なせるつもりはない。すぐに火を消してやった。
「げほっ、げほっ、げほっ……なに、これぇ……」
「これが、火だ。今からお前たちは、あの火をもっともっとたっくさん味わうことになる。覚
悟しておけ」
「……や、やじゃああああああああああああああ! ゆっぐりじだい! ゆっぐりざぜで! 
ゆっぐりゆぐりゆっぐりいいいいいいいい!」
 涙を流し、小便を流して暴れ回る親まりさに向けてライターとフマキラーを近付ける。
「ゆびぃっ!」
 ぶりぶりと、恐怖のあまり脱糞までしたまりさは壁に自分の体を押しつけて叫んだ。
「かべざんどいでね! ゆっぐりひさんがちかづいでぐるよ! だがらどいでね! おねがい、
おねがいだがらどいでええええええええええええ! あづいのいやだよおおおおおおおおおお
おおおお!」
「……心配するな。最初はお前じゃない」
 男はそう言って笑い、フマキラーを遠ざけた。
「よし、じゃあ本番行くぞ。最初は――」
 既に男は決めていた。
 親まりさは当然生き地獄。
 そしてちぇんの体を貪っていた四匹の内、うんうんしながら貪っていた赤まりさ――以外は、
せいぜい苦しめて殺してやろう。
 ライターを持っていた方の手で、男が赤れいむをつかんだ。
「おしょっ…………ゆびいいいいいいいいいいいいいっ!」
 ぷりぷりもるんもるんと、赤れいむがうんうんだらけの尻を振る。
 雨のように、うんうんが降り注ぐがさすがに現状では誰も気にするゆっくりはいない。


「おぢびじゃん! れいむぞっぐりのがわいいおぢびじゃん! だずげで! まりざ! だず
げであげでね! おねがいだよ!」
「だずげられないよおおおお! だずげでええええええええええええええ!」
「「いもーじょ! いもーじょおおおお!」」
「れいみゅーっ! れいみゅーっ! ゆー、ゆゆーっ!」


「や、やめちぇね! れいみゅのきゃわいいぷりちぃなあにゃるさんをいじめないでにぇ!
 そんなごどやるのはへんだいざん……ゆんやああああああがががががががあああああ!」
 男は鉄串を握り、中枢餡を避けるようにあにゃるから串をじっくりじっくりと突き刺してい
く。時々、ぐーりぐーりと回転させながら。
「おびょ! おびょびょ! ぶびょおおおおおおおおおおおおお!」
 やがて、脳天から串が飛び出した。
 中枢餡を見事に避けきったせいで、赤れいむはまだまだ元気いっぱいに体を振り回そうとし
ては、その激痛に悲鳴をあげていた。
 ここからが、難しいところだ。
 殺さぬように、慎重に焼かねば。


「ゆっ……ゆっ……!」
 びくんびくんと痙攣する赤れいむ。だが、薄らぐ意識の中で、自分が何か熱いものに近付け
られていることは分かった。
「やめ……ちぇね……れいみゅ……あちゅいの……いやぁ…………いやだよぉ…………」
「じゃ、焼くぞ」
 男はそう淡々と告げて、赤れいむをバーベキュー用の網に押しつけた。
 当然、網は既に熱せられている。


「ゆ゛っ゛……!」


 びくんと、一度痙攣。
 赤れいむはぱくぱくと口を開き、そうして――絶叫した。
「ゆっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


「お、おぢびじゃん! どうじだんだぜえええええええええええええ!」
「おぢびじゃああああああああああああん! おぢびじぢじびびびびびびいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいい!」


 両親が絶叫するのも無理はない。
 赤れいむの叫びは、それほど絶望的で切羽詰まったものだった。


「あづいいいいいいい! あぢゅい! やげる! やげる! ぐざい! ぎぼぢばるい!
 やじゃああああ! やげるうううう! だずげでええええええええええ!」


 想像を絶する痛みと熱さだった。太陽の「ぽかぽかさん」など比較にならない。
 更に、自分の皮が焼き焦げる臭いがどうしようもなく気持ち悪い。
 彼らにとっては、死臭に近いものがするのだろう。
 赤れいむには、全くもって何が何だか分からなかっただろう。


「まりさたちは、かいゆっくりになるんだぜ!」
「かいゆっくりになれば、あまあまさんむーしゃむーしゃしほうだいだよ!」


 その言葉を信じた。
 実際にあまあまをむーしゃむーしゃさせてもくれたのだ。
 なのに、そこから全てが狂った。
 鬼のような人間が現れ、ゆっくりできない存在に相応しく怒鳴り散らした。
 そして今、人間は自分を殺そうとしていた。


「あぎがおkjgうぇいじょいあjごいうぇあjごいjわおいjg」


 あにゃるを刺し貫かれ、自身の体に途方もない痛みと異物感が赤れいむを責め立てる。
「ぢぬうう! ぢぬのいやあああああああああああああ! おとうじゃあああん! おきゃあ
じゃあああああああああああん!」


 ――もう、やめて。


 家族がそう絶叫しようとした瞬間、男は絶妙のタイミングで赤れいむを引き上げた。
「……よし。死んでない」
 ガッツポーズ。男は赤れいむが死なないよう、慎重に慎重を重ねて串から引き抜いた。


「おぢびじゃああああああああああああああん!」
 両親たちが壁の向こう側に置かれた赤れいむに駆け寄る。
「がべざんどげえええええ! どぐんだあああああああああ!
 まりざだぢがおぢびじゃんをばぼるんだああああああああああああああああああ!」
「どげええええええええ! べーろべーろざぜるんだあああああああああああ!」
「あー、ぺーろぺーろなんてすると死ぬぞ。どうでもいいが」
 男はそう言いつつ、ひょいと子れいむを摘み上げた。
「ゆびぃっ! やじゃやじゃやじゃ! ぷーすぷーすさんはやべでえええええ!」
「それ以外だったら、何でもやるか?」
「なんでもやりゅうううううう! じゃがらぶーずぶーずごーげごーげざんはやめでぐだざい
いいいいい!」
「――――そうか」
 男はゾッとするほど凄惨な笑みを浮かべた。
 たまたま、それを見た親まりさは嫌な予感が餡子中を駆け巡るのを感じた。
「おぢびじゃん! だめなんだぜ! そのぐぞにんげんのいうごどぎいだらだめなんだぜ!」
「うるじゃあああああああああい! ぷーずぷーずざれるよりまじだあああああ!」


 これだけは、確かに親まりさの言う通りであった。
 男は告げる。
「この赤れいむを食え」
「……………………………………………………………………………………ゆ?」
「だから、この赤れいむを食べるんだ。お前が」
「……ゆ? ゆゆ? ゆ? にゃに……いっちぇる……にょ?
 じゃって……いもーちょ、じゃよ……?
 れいみゅの、きゃわいいきゃわいいいもうちょじゃよ……?」
 男は無言で、鉄串を取り出した。まだ熱いそれを近付けられただけで、子れいむはぽろぽろ
と涙とおそろしーしーを零し始めた。
「やめ、ちぇね……? れいみゅ、きゃわいいでちょ……? おまきぇにきゃいゆっくちにな
れちゃんじゃよ……? やめちぇね、やめちぇ、やめちぇ、やめちぇやめちぇ……!」
「じゃあ、食え。次は刺すぞ」
「……ゆびぃ……! ゆび、ゆび、ゆびぃ……!」
 最後の救いを求めて、子れいむは両親を見やる。
 だが、両親は壁に醜く顔を押しつけてぽろぽろと泣いているだけだ。
「ゆーっ! ゆーーー! ゆゆーっ!」
 子まりさと赤まりさは訳も分からず喚き散らしているだけ。
 救いはない。
 肌はうんうん色に焼き焦げ、片目は潰れ、歯はみっともなく溶けて、髪の毛もリボンも醜く
爛れている赤れいむは、それでも「ゆ……ゆち……ゆっ」と必死に生きていた。

「た……ちゅ……」
 赤れいむが、片目から透明な涙を零す。目の前にいるのは優しい優しいお姉ちゃん。
 一緒にいつも遊んで、一緒にゆっくりしてきた大切な家族。
 ゆっくりと近付いてくる。

(しゅーりしゅーりちてにぇ……おねーしゃん……)

 最早、赤れいむが現状を確認できるはずもない。
「ごめんにぇ……ごめんにぇ、いもーちょ……れいみゅも……いきちゃいんだよ……」
(なんで……おねえしゃん……あやみゃるにょ……? あやみゃるのは……このにんげんでし
ょ………………ゆびっ!?)
 子れいむは小さく口を開け、素早く赤れいむの皮をついばんだ。
「ゆ……びゃぁっ!? びゃ、びゃびゃっ!」
「そうそう。口はすぼめてな。ちょっとずつちょっとずつ食えよ? 大口開けてみろ、お前の
喉をこれで突くからな」
「ゆっぐりぃ……ゆっぐりぃ……!」
 涙を流しながら、子れいむは小さく頷くと咀嚼を開始した。
「やべ……ちぇにぇ……れいみゅ……いちゃ……い……」
 途切れ途切れの懇願にも、子れいむは耳を貸さない。


 ――じにだぐないじにだぐないじにだぐないじにだぐない。


 思うのはただそれだけ。とりあえず言うことさえ聞いていれば、痛いことだけはされない。
子れいむの心からは、既に家族愛のようなものは消え去っている。
 このまま成ゆんになったとしても、間違いなく家族を作ることはできないだろう。
 ……とは言え、それは余計な心配である。


「ちゅーるちゅーる……」
「……ゆ……べ……ぼ……」
 少しずつ少しずつ、子れいむは妹を咀嚼していく。小さく小さく皮を千切り、やや固くなっ
た餡をちゅるちゅると吸い取っていく。
 そして子れいむが何かをする度、赤れいむがビクンビクンと激しく痙攣する様は、何とも滑
稽だった。
「おい。一口ごとにちゃんとアレ言え、しあわせーって言え」
 男の言葉に、子れいむは涙を流しながら頷いた。
「むーちゃ……むーちゃ……しあわしぇー」
 加速度的に甘くなっていく赤れいむの餡子は、確かにゆっくりたちにとっては垂涎のあまあ
まだった。だが、それはあくまで「ゆっくりの中身」と自覚しない状態での話。
 どれほど美味であろうとも、家族の内臓を貪り食って平気な人間は存在しないだろう。


 赤れいむはあまりにも激しい痛みのせいで、意識が飛んでは戻り飛んでは戻りを繰り返して
いる。あまりの痛みに意識を失った途端、あまりの痛みに意識が戻るのだ。
 ただ、そんな赤ゆっくりにも一つだけ理解できていることがあった。
 自分は、食べられているということ。
 そして、食べているのは自分の姉だということ。

(どうちて……? れいみゅ……どうちてたべられてりゅの……?
 どうちておねえしゃんがれいみゅをむーしゃむーしゃしゅるの……?
 やじゃよ……こんなの……やじゃよ……)

 苦痛と絶望に、涙も涸れ果てている。


「ゆ゛っ゛……ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛ゆ゛っ゛」
 赤れいむは、ギネスに掲載されるような勢いで非ゆっくり症状になった。
 だが、不幸にも赤れいむの陥った症状は第一段階。つまり、意識はハッキリしているのに口
がゆっくち! と叫ぶだけのもの。無論、餡の硬化現象による激痛は存在する。
 内側まで鉄串で熱せられたせいだろう。
 全身の神経を、火箸で焼かれるようなものだ。生まれてすぐのおちびちゃんでは、耐えられ
るはずもない。
「ゆ゛っ゛!!」

 もっとゆっくりしたかった、というお馴染みの言葉すら残せず、赤れいむは体の半分を貪り
食われたところで死んだ。
 死んだ後も、子れいむはもそもそと赤れいむを食していた(そもそも、死んだことに気付い
てすらいない)が、しばらくするとぷんと死臭が漂い始めた。
「ぐええええええ! ぐじゃい! ぐじゃいよおおおおおお!」
 子れいむは赤れいむから飛び退いた。
「あ、ああ……おちびちゃんが……かわいいかわいいれいぶのおぢびじゃんがあああああああ
あああああああ!」
「ゆんやあああああああああああああああああああ!」
「どう……どうじで! どうじでええええええええええええええええええええ!」


 男は冷然とした態度を崩さず、餡子を吐き出そうとしていた子れいむの口を、手にしたホッ
チキスで無理矢理縫い止めた。
 口を引っ張り、躊躇いもなくバチンバチンと針を打ち込んでいく。
「びぇぅぶ!? びぇ! ぼぉぉぉぉ!?」
「餡子を吐くと永遠にゆっくりするからな。感謝しろよ」
 感謝などできるはずもない。気が狂いそうな吐き気と痛みが子れいむの全身を蹂躙する。
 あにゃるからうんうんが流れだし、何とそれでも飽きたらずにしーしー穴からも餡子がちび
りちびりと飛び出ていた。
 尿道から砂糖水以外を排出するという、本来有り得ない状態に子れいむは凄まじい苦痛を抱
く。

「――――――――――――――――――ッ!」

 涙を流し、じたばたと暴れる子れいむに泣きじゃくっていた家族がやっと気付いた。
「ごんどはなんなのお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
「うっがあああああああ! やめるのぜ! いまずぐやめるのぜ! いまずぐ! いまずぐ
やべでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 親まりさが、とうとう我を忘れて怒り始めた。
 男は待っていましたとばかりに、ニヤリと笑ってフマキラーとライターを突きつける。

「ゆびゃ!」

 たちまち怯えたように、親まりさは透明な箱の中を右往左往して逃げ惑う。だが、大型の箱
と言えども、その中は全て人間の射程距離である。
 ライターに火が灯り、親まりさを軽く火で炙った。


「ごめんなざい! ごめんなざい! やべで! やべでぐだざいいいいいい!」


 悲鳴を上げ、ぷりぷりとうんうんまみれの薄汚い尻を振る親まりさ。
「おい。大事なおぼうしさんに火がついてるぞ」
 男の言葉に、親まりさはゆ゛と呟いて自分の帽子を舌で外した。
 硬直。
 先端に、小さな火が燃え移っていた。
「ゆ……ぶぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!?
 めらめらざんやべで! ゆっぐりじで! ゆっぐりじでおぼうじがえじで!
 ぺーろぺー……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! あづいぃぃぃ!
 めっぢゃあづいいいいいいいいいいいいいい!」
 火を舐めて消そうとして、その熱さに暴れ回る親まりさ。
 不幸中の幸いか、親れいむにぶつかって跳ね返った拍子に自分の帽子をごろごろと押し潰し、
結果的に消火することはできた。
 そのコントめいた状況に、さすがに呆れたように男も笑った。
「火を舐めたらどうなるかも分からないのか? バカな奴」
「ゆびぃ……ぺーろ゛ぺーろ゛……ぺーろ゛ぺーろ゛……ゆぐっ……ゆぐり゛っ゛
 な゛お゛っ゛でね゛……」
 死んだ目をしたまま、親まりさは先端部分が焦げた帽子を舐めていた。だが、自分で押し潰
した上に焦げた帽子が治ることはもうない。
 醜く平べったくなった帽子を、親まりさは泣きながら頭に戻した。


「よし。それじゃあ、子れいむ」
 たらふく赤れいむを食わされ、吐くこともできなくなっている子れいむは男の呼びかけにも
答える余裕がない。
 ぽろぽろと涙を零し、先ほどからひっきりなしにうんうんを出し続けている。それはうんう
んというよりは、食した赤まりさを体内から追い出そうとしているようだった。
「次はお前だ。最初の選択通り、火刑を執行する」
「ゆ……!? まっで! までえええええええええええええええええ!
 おぢびじゃんは! おぢびじゃんはぼう「がげい」をうげだでじょおおおおおおお!」
 親れいむが、泣きながら食ってかかった。
 男はフマキラーとライターを構えて、親れいむに向ける。
「バカかお前。今の赤れいむは、子れいむへのご褒美だ。
 今から、ちゃんとした刑をするぞ」
「…………っ!」
 子れいむは、自分の置かれた立場を理解したらしい。
 最初はわずかな怒りが支配したものの、網やフマキラーを見てその怒りはたちまち恐怖へと
取って代わる。
 男は子れいむを菜箸で掴んだ。
「ぼぼぼぼぼぼぼぼ!」
 ……恐らく。「おそらをとんでるみちゃい」とでも言ったのだろう。こんな状況でも、本能
には逆らえないのか、と男は苦笑した。
 予め準備しておいた携帯コンロと鉄鍋、そこに並々と注がれたてんぷら油に子れいむを近付
ける。
(きょわ……きょわい……よぉ……!)
 ちょろちょろとしーしーが垂れ流され、ぷりぷりとうんうんがひり出された。


 ジュウウウウウウウウッ!


「…………!」
 子れいむが、自分の真下で起こった激しい音に身を竦ませる。
「聞こえたか?」
(にゃに……きょれ……)
「お前も野良なら、天ぷらのカスを食ったことがあるだろ?
 あれと同じさ。野良ゆっくりの天ぷらか。あまり食ってみたくはねえなあ」
(ゆっくちできりゅ……てんぷら……しゃん? でも、てんぴゅらになりゅのは……れいみゅ
……?)
 その言葉の恐ろしさを、次第に理解し始めたのだろう。
 がたがたと体が震え始めた。
 男は無言で笑い、菜箸を油の中へと突っ込んだ。



(――――――ゆび?)



 一瞬、どろどろぬるぬるとした心地よい感覚が子れいむを支配した。
 だが、それは所詮一瞬のことである。
 たちまち、煮えたぎった油が子れいむの全身に襲いかかった。



(fわえjごいあjk;lgじぇわおいjfglk;えあrsjごいあdslk;gじゃぉき
dsfjglk;あもきgjかldsんgmkぁsbjvlkじゃlktじぇwkぁjfgl
くぁjklfhじゃslkfんlkさjflkさんlkふぇwjか!!!!!!!!)



 これがお湯ならば、まだしもマシだった。煮えたお湯ならばたちまち皮を溶かして餡子を流
出させ、死ぬ時間は比較的短くて済んだに違いない。
 だが、煮えたぎった油は肌を溶かすのではない。
 揚げるのだ。



(じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛だずげでじぬ゛じぬ゛じぬ゛だずげでじぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛
じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛だずげでじぬ゛じぬ゛だずげでじぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛だ
ずげでじぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛だずげでじぬ゛じぬ
゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛だずげでじ
ぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛じぬ゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い
゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛だずげでい゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛だずげでい゛
い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛だずげでじゃ゛い゛い゛じ
ゃ゛い゛だずげでい゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛だずげでい゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛
じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛じゃ゛い゛い゛
じゃ゛い゛だずげで!!!!!!!!!!!!!!)



 中枢餡は周囲の異常に劇的な反応を示し、ひっきりなしに苦痛のシグナルを全身へ叩き込む。
 もう、どこが痛いのか子れいむには分からなかった。自分のゆん生に何があったのか、自分
はどんなゆっくりだったのか、自分はれいむだったのか、自分は何なのか……何もかも、頭か
ら消えた。
 今の子れいむは、ただ痛いだけ。ただ絶望だけだった。


 真っ暗闇の中、子れいむは何の意志も見せなかった。早く終わって欲しいと願うことすらも
できず、ただただ苦痛にのたうち回った。


「もういいかな、っと」
 子れいむを引き上げ、ぴくりとも動いてないことを確認すると、男はそのまま死骸をまりさ
一家に差し出した。



「「「「ぶびょおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」



 生き残りの四匹は、一斉におそろしーしーを噴出した。
 子れいむの悲鳴は聞こえなかった。
 だが、この苦悶を通り越した絶望の表情と、その凄まじいまでの死臭は子れいむがいかに苦
しみ、いかに絶望していたかをよく現していた。
「さて、次だ」


 男の手は休まらない。
 赤れいむ、子れいむと続けて死んだ。なので、次は子まりさにすることにした。
 別に、母れいむでも良かったのだが、彼女は子供が死ぬたびぎゃあぎゃあ泣き喚くので、胸
がスッとするのだ。


「あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 濁った悲鳴をあげる子まりさ。
 もう理解しているのだろう。自分は今から、苦しんで苦しんで死ぬのだと。
 男は持ってきたゆっくりホイホイ用の粘着シートを小さく切り取ったものに子まりさを貼り
付けた。
 彼の手が離れた途端、子まりさはあんよを動かそうと懸命に体を動かした。


「ゆっぐり! ゆっぐりにげるよ! まりじゃのあんよざん! ゆっぐりじないではやぐうご
いでね! いづもやっでるぴょんぴょんだよ! だいじょうぶだよね! やれるよね!?
 ゆっぐりぴょん! ゆっぐりぴょん! ゆっぐりぴょ……どぼじでうごいでくれないのおお
おおおおおおおお! まりざのあんよざん! まりざのぐぞあんよ! ゆっぐりじないでうご
げえええええええええええ!」


 姉妹の中で、誰よりしゅんっそくなあんよが自慢だった子まりさ。
 手が離れた途端、子まりさは希望を見出した。
 逃げられると希望を持ってしまった。これが男の狙いだった。あんよを怪我していないので、
子まりさはまだ希望を持っている。
 その希望が、次第に絶望へと変わっていく様は男を実にゆっくりとさせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
 な゛ん゛で! な゛ん゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」


 男はフマキラーとライターを突きつけた。
「ゆべぇっ!」
 あんよに夢中になっている内に、男のことを忘却しかかっていたのだろう。
 だが、フマキラーとライターを見た瞬間に全てを思い出したらしい。
「お前はこのまま、じっくりと燃やしてやるさ。正統派の火刑だな、嬉しいか?」
「……あ゛……あ、あぁ゛」
「やべでね! れいぶががわりにやりまず! れいぶががわりにげいをうげまず!
 だがら! まりざににだかっごいいおぢびじゃんだげはどうが!」
「……ぐぞにんげん! ぐぞにんげんぐぞにんげんぐぞにんげん! ががっでごい!
 まりざばおまえなんがよりずっどずっど、づよいんだ!
 ごろじでやるがら、ごごがらだぜええええええええええええええええ!」
 その言葉にああ、と男は頷いて粘着シートを箱の中に移動させた。
「おぢびじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!!!!!!」
 親れいむが駆け寄ろうとする。
「い゛ま゛だずげるんだぜえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
 親まりさが助けようとする。
「おねーじゃ! ゆっぐりじようね! ゆっぐりでぎるね!」
 勘違いした赤まりさは、目に涙を浮かべている。


「じゃ、点火」


 三文喜劇を防ぐが如く、男はライターに火をつけ、フマキラーを噴出した。
「ゆ゛!?」
「びぃ!?」
「ぐり!?」
 そのあまりの熱さに、両親はたちまちあんよをストップさせる。
 自分たちの目の前で、真っ赤な真っ赤な炎の中に、子まりさが叩き込まれていた。



「あ゛っ゛………………あ゛づい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛
ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛
ぃ゛ぃ゛!!!!!!!」



 子まりさは、絶叫した。
 何の工夫もなく、ただただ炎で全身を焼き尽くされる。
 工夫など必要ない。そもそも、火とはそれほどに凄まじい破壊力を持つのだ。
 人間ですら、何の工夫もなく素肌に火を浴びせかけられれば絶叫するだろう。
 それが、ゆっくりの脆弱な――そして、痛覚が人並み以上な肌ならば尚更のこと。
「い゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!
 だずげで! がばい゛い゛ばばばばばばばばり゛り゛り゛り゛り゛り゛ざざざざざざざざざ
ざだあああああああああずううううううううううげえええええええでええええええ!!!」


「お゛ぢびじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!」
「だず……だずげえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」
 両親はただ泣き喚くだけだ。
 火の恐ろしさが、本能レベルで刻み込まれたのだろう。
 目に入れても痛くないほどに可愛がっていたおちびちゃん。おちびちゃんのためなら、どん
な苦しい生活も、怖い怖い野良犬も戦ってやると決意していたのだろう。
 だが、そんな二匹ですら炎の前には立ちすくむしかない。
「助けないのかー?」
 火を浴びせかけながら、男は言う。
「…………っ!!!」
「だずげでぐだざい! おねがいでず! だずげでぐだざい!」
 親まりさは恥辱に顔を歪め、親れいむは土下座して懇願した。


 ――ピタリ、と炎が止まる。


「ゆ!?」
 半ば諦めていたのだろう、両親は揃って絶句した。恐る恐る――儚い希望を持って、男を見
る。
「……一つ、条件がある。それを飲めば助けてやらんこともない」


「な゛ん゛でぼやりまず! やらぜでぐだざい!」
「ありがどうございまず! ゆっぐりじでぐだざい! ゆっぐり! ゆっぐり!」
 男は涙を流して喜ぶ両親の前に、笑って――それを、置いた。



「「ゆ?」」



 それは、帽子だった。
 ちぇんのお飾り、そう――「あの」ちぇんの帽子である。
「…………ゆ?」
 男は告げた。
「俺の飼っていたちぇんを生き返らせろ。そうすれば、助けてやるさ」



「――――――ゆ?」
「ゆ、ゆ、ゆ?」



 なにを、いって、いるのだろう。
 この、にんげんさんは。



 男は再び殺意の篭もった瞳で両親を睨み、眼前で叫んだ。
「俺のちぇんを生き返らせろって言ってんだよ! 俺のちぇん! 俺が飼っていた大切な、大
切な家族をだ! 生き返らせてくれたら、お前たちの家族だって生き返らせるさ!
 やれよ! さあ、やれってんだろ!」


「あ、ああ……ああ、あああああああああああ……」
「ゆびっ、ゆびびびっ、ゆびぃぃぃぃっ…………!」


 ――ようやく、両親は揃って後悔した。これは男が意図した訳ではない。ただ、希望を持た
せて突き落とそうと思っただけであったが、思わぬ副産物だった。


「ちぇ……ちぇん……ちぇんざま……」
「ちぇんざま……」
 やがて、絶句していた両親はのたのたとちぇんの帽子に向かった。
「野良の汚い舌で舐めたら殺すぞ」
 その言葉に、びくりと二匹が停止する。どうやら、帽子をぺーろぺーろすれば生き返るとで
も思っていたらしい。
「……ちぇんざま……いぎがえっでぐだざい……もどってぎでぐだざい……」
「わるいのばまりざだぢでず……いっばいいだいいだいじでごめんなざい……」

 二匹が、ちぇんの帽子に向かって土下座した。

「おねがいじまず……いぎがえっで……いっじょにゆっぐりじまじょう……」
「まりざのだがらもの、なんでもあげまず……だがら、だがら……」




「ちぇんざま、いぎがえっでぇぇぇっ!!!」
「もどにもどっでぐだざいいいいいいいいいいい!!!」


 それから十分、男は待ってやった。
 無様な踊り、お歌、それをやることでちぇんが帰ってくると、両親たちは無理矢理信じ込ん
だ。思い込もうとした。
 だが、いかなゆっくりでも不可能なことはある。


「残念だったな。ま、期待なんざしてなかったが」
「まっでぐだざい! もうじょっどっ! もうじょっどだげ!」
「おじびを! おじびをぐだざい! にんげんざま! にんげんざまあああ!」
「続けるぞ」


 男のフマキラーライターが、既に息絶える寸前だった子れいむにトドメを刺した。


「ゆ……び……」


 子まりさが息絶えてからも、男は延々と炎を燃やし続け――。


「あ゛、あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「おぢびじゃあああああああああああああああああああああああん!!!」


 かつて子まりさだったものは、ただの炭の塊になっていた。
 泣いてすーりすーりしようとする親れいむを掴み、持ち上げる。
「いじゃいいいいい!」
 目の前で起こった悲劇を乗り越えようとする暇もなく、親まりさは親れいむを見上げた。
「あ……あああああああああああああ! やべでぐだざい! まりざのれいぶなんでず!
 おだがいのばーじんをざざげだじゅんあいっがっぷるなんでず!
 どうがっ! どうがああああああああああああああああああああああ!!!」
 親まりさの懇願に、男は鼻で笑って答えた。
「おいおい、違うだろ……まりさ?」
「…………ゆ?」
「こいつは、『ちぇん』の嫁で俺の飼いゆっくりだ。お前みたいな野良の妻じゃない。
 そこのとこ、ゆっくり理解してね!」


「…………っ!!!」


 そうだ、そうだった。
 自分はちぇんを騙り、れいむを妻として紹介しようとしたのだ。


 ――ずっとゆっくりすると誓い合った、恋人であり夫婦。


 そんな絆すら、親まりさは自分でいつのまにか打ち砕いていたのだ。
 親れいむは、ぎゃんぎゃんと泣き喚きながら片方のもみあげを懸命に伸ばす。
「まりざあああああああああああああ! だずげでええええええええええ!」
 だが、親まりさはそれに答えられなかった。ただ、涙をホロホロと流すだけ。



 次に男が取り出したのは、子ゆっくりと親ゆっくりの中間にあたる亜成体ゆっくり用の箱で
ある。彼はそこに、親れいむを詰めた。
「むぎゅ! むぎゅうう! ぐるじいい! ぐるじいよおおおお!」
 男は、蓋を開いた天井に親れいむの顔が来るように押し込めていた。野良のせいで、やや痩
せ気味とはいえ、無理矢理詰め込まれた苦痛は相当なものなのだろう。
 既に「じぬ! じんじゃう!」などと叫んでいる。
 男はラムネを水で溶かし、薄めたものをスプレーした。これは麻酔になるほどの濃度はなく、
一種の鎮静剤として機能する。
「…………ゆ」
「じゃあ、お前への火刑はこれだ」
 男は箱を動かし、親れいむの顔が立つようにすると、バーベキュー用のテーブルで直火で焼
いた石を見せた。
「いじ……ざん?」
「ただの石じゃないぞ」
 次に、男はバケツの水を見せてから、そこに石を入れた。


 ジュウウウウウウウウウウウウウウッ!!!


 蒸気が噴出し、湯気が出る。
「だにごれ……」
「冷たい水を、お湯にするほどの「あついあついさん」がこの石に篭められていたんだ」
「や゛……やべでね! やべでね! ゆっぐり! ゆっぐりじよう! ゆっぐりいい!」
 割に聡い方だった親れいむは、すぐに理解した。自分に科せられる火刑がどれほどの地獄か
ようやく理解した。


「じゃ、いくぜ。……最低、五つくらいは耐えてみせろ」
 男はそう言って、再び親れいむを空に向けさせた。
 そうして、焼いた石をトングで掴み――ゆっくりゆっくり、親れいむに近付けていく。
「びゅびゃあああああああああああああ! ぼぼおおおおおおおおおおおおお!」
 少しだけ迷ったが、男はまず口で味わわせることにした。親れいむが口を閉じて、歯を剥き
出しにする。男は嗤った。


 石が砂糖細工の歯に触れた瞬間、どろりと溶けた。
「びょぶううううううううううううううううう!?」
 想像を絶する熱に、咥内が蹂躙される。だが、詰め込まれた箱は頑丈で親れいむの暴れにも
微動だにしない。
「ごっがげわがlkgjくぁjgkゎjklgじゃkl!!!
 あぢゅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
 びょびょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 歯が溶け、舌も溶けたせいだろう。親れいむの口調はろれつが回っていない。
「一個目終わり。じゃ、二個目な」
 と言っても、一個目の石は喉を通り越して箱の底に到着しただけだ。
 凄まじい熱と痛みが、親れいむに襲いかかっていた。
「ばぶべ! ばぶべべべべべ!」
 どうやら「助けて」と叫んでいるらしい。男は当然それに構わず、二個目の石を額付近に潜
り込ませた。たちまち、どろどろと皮を溶かして餡子へと潜入していく。
「お゛ぢぢぢぢびいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 男は今の叫び声に首を傾げ、すぐに理解した。どうやら、もうおちびちゃんを作れないとで
も叫んだらしい。この期に及んで、と男は笑った。
 痛みは二倍ではない。二乗した。
「べあgばbgかgkばjghkさjgkjlkdさjlkdsklglks!!!!」
 親れいむの叫び声は、最早何の意味も為さない。


 三個目。
 次は、自慢の髪の毛を溶かしていく。髪を撫でるたび、親れいむの目が狂ったようにぐりん
ぐりんと動くのが、男の笑いのツボを突いた。


 四個目。
 片方があればいい、どうせ見えてないだろうと男は眼球に焼けた石を落とした。
「あぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 親まりさと赤まりさはどうしたのだろう、と男は振り返る。
 二匹は、ただガタガタと震えているだけだ。
 ああ、そうか……こいつらには親れいむが何をされているのか分からないのだ。
 失敗したな、と頭を掻く。


 そして五個目。
 もうどこでもいいか、と空いてる部分にそっと置いた。中に抉り入れるのではなく、表皮が
焼けるだけだが、これはこれでまた別ベクトルの苦痛だろう。


 六個目。
 どうやらもう限界が近いということが分かって、男は箱を倒した。
 つまり、顔を親まりさと赤まりさの方へと向けたのだ。


「ぶっびゃああああああああああああああああああああああああ!」
「おぎゃああああじゃあああああああああああああああああああああああん!!!」


 親れいむは、野良ゆっくりの基準から言えばそこそこの美ゆっくりだった。その妻の顔が、
最早何かの前衛芸術かのように、奇怪で醜悪な風貌になっていた。



「……………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………y゛」



 何かを言おうとして、ドロドロに溶けた舌を微かに動かして。
 それで、親れいむは死んだ。



 親まりさと、赤まりさはただひたすら慟哭した。
 泣き叫び、親れいむの名を呼ぶことしかできない。ただそれだけだった。



●

●

●



 男は荷物を手早く片付け、再びダンボールの中に二匹を放り込んだ。
「おどうじゃ……おどうじゃああ……」
 ただ一匹残った赤まりさ。
 もしかすると、自分は死ぬかもしれない。でも、せめて。せめて、このおちびちゃんだけは
助けて貰えないのだろうか。
 そんな希望を抱いて、親まりさは恐怖に震える赤まりさをすーりすーりし続けた。



 結論から言うと、親まりさの希望は叶った。
 否、それどころではない。親まりさ自身も、殺されることなく飼いゆっくりになれたのだ。
 ただし、それが果たして幸せなのかどうかは疑問の余地が残るが。



 男は最初から決めていたのだ。
 この二匹を、絶対に生かし続けると。
 地獄になど落としてやるのは、寿命で死ぬまでだ。
 それまでは、徹底的に絶望させてやる。そう、男は決心していた。



 自宅に戻った男は、二匹をダンボールから転がり落とした。
「にんげんざん! おばなじぎいでぐだざ――――」
 親まりさが何か言うより先、男は注射を打ち込んだ。
「………………」
「…………おどーじゃ、」
 続いて、赤まりさにも。
 ちくりとした痛み。あの火に比べれば、さほどではない。
 これは一体、どういうことな――――。

「聞こえるか? 聞こえるだろう。目がパチパチしているから、眠っているって訳ではないだ
ろうからな」

 男は正面に二匹を立たせ、凄絶な笑みを浮かべて告げる。
「お前たちは今、意識があるが体は動かない状態だ。嘘だと思うなら、おさげでも何でも揺ら
してみろ。喋ることすらできないだろう?」
 男が注射したのは、ラムネとタバスコを一定の割合で混合したものである。
 ラムネでゆっくりは麻酔にかかるが、タバスコの刺激が否応なく意識を覚醒させる。
 つまり、この混合注射は「意識を保ったまま、動かなくさせる」ことが可能なのだ。
 無論、痛覚などは当然ある。ただ、中枢餡が痛覚信号を送っても、餡子が麻酔を受けて動か
ないだけだ。
「ここからが、本番だ。ゴミみたいな考えで、俺のちぇんを潰したクソまりさ。
 ……その子供というだけで忌々しいのに、俺のちぇんを食いながらクソを垂れ流していた赤
まりさ。お前らは、生きながらにして地獄に叩き落としてやる」


 男は赤まりさを掴んだ。微動だにしない赤まりさだが、まさか怯えてないはずはない。
 男は片手に赤まりさ、片手に小型のナイフを持ってゆっくりと皮に切れ込みを入れ始めた。



(いじゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! やべで! まりじ
ゃの! まりじゃのもーちもーちすーべすーべのおはだざんを! ぎらないでえええええ!)


 男はある程度、まるでリンゴの皮を剥くようなやり方で赤まりさの皮を剥がすと、ナイフを
一旦置いた。そうして、次にチャッカマンを手にする。
 火をつけ、剥き出しの餡をゆっくりと炙り出した。


(びょお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!
 あんござんが! まりぢゃのゆっぐりじだあんござんが! あぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢ
ゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅあぢゅう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!)


 一通り炙り終わると、また皮を剥き始める。
 徐々に徐々に、剥き出しの部分の比重が皮で覆われている部分より多くなっていく。


(おぢびじゃん! おぢびじゃんがあああああ! やべで! やべでえええええ! ぞんなぎ
もぢのわ゛る゛い゛おぢびじゃんにじないでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!)
 親まりさは、何もできずに見つめていた。


(だずげでおどうじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! あんござんが! まりじゃのゆ
っぐぢぢだあんごじゃんが! いだぐでいだぐでだばらないのおおおおおおお!)


 人間とて、転んで擦り剥いただけでかなりの苦痛を感じるのだ。それが、全身となったらと
てもではないが正気でいられまい。通常なら、途中で暴れ狂った末に餡子を大量に流出させて
死ぬ。
 ところが、このやり方であれば餡子は漏れないのだ。固く焼かれたために流出しようがない
のである。



「……よし。初めてにしては上出来だな」
 親まりさの眼前に、ソレが置かれた。


「…………」
「…………」


 ――これ、なに?


 白い肌が残らず削り取られ、赤黒い餡子が剥き出しになったその姿。
 唇がないため、歯茎も当然剥き出しだ。瞼もない、目はカッと見開かれたまま。


 ――ばけもの。


 親まりさの感想は、愛しい我が子に対してあまりに残酷で……もっともな感想であった。
 男が手を伸ばし、親まりさを掴む。


「さあ、メインイベントだ」


「…………」
「お前はデカいからな。気合いを入れていくぞ」
 たとえ有給休暇を全て使い果たしても、そのことで文句を言われようとも男はこれを成し遂
げるつもりだった。
 その憎悪の前では、親まりさと赤まりさの家族愛など――何の意味もなかったに違いない。



 ぞりぞりぞりぞり。
(――やべでぐだざい)
 ごぅごぅごぅごぅ。
(――いだいでず、やめでぐだざい)
 ぞりぞりぞりぞり。
(――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛ね゛がい゛い゛い゛!)
 激痛が襲いかかる中、親まりさはどうしてこうなったのだろうと考える。
 上手くいくと思ったのに、絶対に上手くいくと思ったのに。
 せめて、ちぇんを殺さなければ良かった……。ゆっくりごろしはゆっくりできないはずなの
に。どうしてゆっくりしていたちぇんを殺してしまったのだろう。
 どうして、どうして、どうして……。

 後悔と絶望、そして苦痛。

 親まりさがこの一日で味わい続けたものの、まさに集大成であった。



●

●

●



「……できた」
 疲れ果てた表情で、男は二体のゆっくりを見やる。
「ゅ……」
「ぃ……」
 白い肌は全て取っ払われた。髪の毛も、おさげも、何もかも全て。
 残されたのは剥き出しの瞳、剥き出しの口、そして唯一無事なのがあんよだ。


 だが、まりさたちは動けない。
 動くと崩れる、そんな恐怖が本能レベルで刻み込まれているため、絶対に動けない。
 たとえこのまま蟻にたかられても、そのまま食い殺されることを選ぶだろう。

 男は慎重に、二匹を透明な箱の中に入れた。
 成体ゆっくり用の箱だが、皮が削れてスペースが少し減ったせいだろう。親まりさの近くに
赤まりさも置いてあげることができた。
 そうして、二体を向かい合わせる。
 途端、二体の瞳から涙が零れ始めた。


(おどうじゃん……)
(おぢびじゃん……)


 目の前に居る、醜い醜いバケモノ。
 それが、そのまま自分なのだと互いに理解していた。






 ――数日後。
 休日、男はぼんやりと窓を眺めていた。復讐は終わり、途方もなくスッキリしたが、それで
もやはり悲しいものは悲しい。
「ちぇん……どうしてだ?」
 そして、ちぇんが死んでからずっと心に引っかかっていたもの。
 何故、ちぇんは窓を開いたのだろう。
 それが分からないままでは、男は前に進めずにいた。



 にゃん。



 か細い、何かの鳴き声。
 男は慌てて窓を開き、草むらを掻き分けた。
「猫……?」


 小さく、弱々しく震える子猫がそこにいた。
 足が不自由なのか、片足を引き摺っている。にも関わらず、子猫は敵意を篭めて男を睨んで
いた。
「大丈夫だよ、こっちへおいで……」
 不意に子猫が何かに気付き、にゃんと大きく啼いた。
 男ではない。子猫の視線を追うと、男の隣に置いていたちぇんの帽子があった。
 ちぇんの帽子に懐く子猫。
 足の怪我。
 窓を開いた理由。


 瞬間、男は全てを悟った。


「な、なあお前……この帽子の、持ち主、知ってるのか……?」
 言葉を理解できるはずもないのに、男はそう呼びかけてちぇんの帽子を差し出した。
 子猫は、まるで母に甘えるように帽子にその身を擦りつけた。


 ――そうか、そうに違いない。


 あの親まりさは、恐らくこの子猫を人質に取ったのだ。
 野良猫を恐れるゆっくりたちの中で、ちぇんは例外的に猫と仲良くなることがある。
 男の飼っていたちぇんも、散歩の際には幾度となく猫と交流を温めていた。
 ひょっとすると、その中の一匹かもしれない。
 だが、親猫ならともかくとして、か弱い子猫では成体のゆっくり相手ではいかんともし難い。
 まして、恐らく一匹で生きてきたのだろう。子猫はガリガリに痩せ細っていた。
 足に怪我をさせたか、元々怪我をしていたのか、いずれにせよ……親まりさは、外道の手段
を選んだのだ。


 男は泣いた。
 ちぇんがこの窓を開いた理由を理解し、納得してただ泣いた。
 分かっていたのだろう、この窓を開くことがどういう恐ろしいことになるか。
 だが、それでも開かずには居られなかったのだ。


 ぺろぺろと、子猫がちぇんの帽子を舐めている。男は優しく、猫の喉を撫でた。
 もしかすると、ちぇんの匂いがまだ残っているのかもしれない。ごろごろと機嫌よさげに鳴
らし、子猫は男に懐きだした。



 ――よし、もういいか。



 男は、ようやく立ち直った。もちろん、ちぇんを失った悲しみが消える訳ではない。
 だが、それでもようやく前に進もうと思えることができた。


「なあ、俺と一緒に暮らさないか?」


 子猫は同意するように、にゃんと鳴いた。



●

●

●



 ――そうして。親まりさと赤まりさはまだ男に飼われ続けている。


「さあ、今日は散歩に行くぞ」
 男はそう言って、透明な箱を大型の袋に入れた。


(やべで……ぼう、やべでぐだざい……)
 親まりさは枯れることのない涙を流す。
 あれから、結局殺されなかった。剥き出しのまま、全身に激痛が走ったままであるが、とも
かく生かされ続けた。
 餌は背中に突き刺さったチューブから与えられ、排泄は同じくチューブで強制的にさせられ
ている。
 ところが、ここ最近になって男は自分たちがいる箱を外に持ち出すことが多くなっていた。



「ゆっわああ……きもちわるいんだぜ……」
「ひさんね……こんなになって、まだいきてるのね……むきゅ」
「いなかものどころか……なにものでもないわ……」
「おちびちゃんにはみせられないね……」
 蔑み、恐れ、嫌悪感を剥き出しにした視線と言葉が、二匹の親子に突き刺さる。
 そう、男はまるで見世物小屋のように、野良ゆっくりや野生ゆっくりに、むきだしゆっくり
を見せに行くのであった。
「うわ、ないてる! きもぢわるい! おえええ!」
 泣き顔すら、気持ち悪いと餡子を吐き出される。
 こうやって散歩に行くたび、自分たちの無惨な姿を理解して――彼らは絶望するのだ。



 ――ごろじでぐだざい。おねがいじまず、ごろじでぐだざい。このみにぐいまりざを、おろ
がなまりざを、わるいまりざを、どうが、ごろじでぐだざい。



 男は、その願いを叶える気は当面ない。





 火刑法廷は、もう終わったのだから。

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