anko1964 ゆっくり退化していってね!2 のバックアップ(No.1)


公園のベンチで一息つき、俺は周りを見回した。

「まるで吸血鬼だな」

ここには何度か立ち寄ったことがあった。
街のゆっくりを取材している時に、休憩を取りたくてよく来た。
数週間前、同じベンチに座っていた時のことを思い出す。

以前は、日なたのあちこちにゆっくりの家族が楽しそうにゆっくりしている様子が見られたものだ。
親子で、番で、姉妹で、ゆっくりたちはたいてい複数でかたまっている。
ゆっくりたちは血色がよく、人間にすがらなくても十分幸せに暮らしているのがよく分かった。
親子で声を揃えて歌うもの。子どもたちの追いかけっこを幸福そうに見守っているもの。
カップルですりすりしながらいちゃついているもの。せっせと雑草を抜いて餌を集めているもの。

そんなゆっくりの姿はどこにもない。
公園の隅や灌木の下にできた日陰に、浮かない顔のゆっくりたちが縮こまっている。
皆、恨めしそうな表情で日なたをじっと見ていた。
吸血鬼のように、ゆっくりは陽光に対して過敏に反応するようになってしまった。

「おきゃあしゃん…まりちゃ…おみずしゃん……ごーきゅごーきゅ…しちゃいよぉ……」

少し遠くに親れいむと赤まりさがいた。
赤まりさは直射日光を長時間浴びたらしく、やや潰れたような感じで地面に横たわっている。
少し前までは、あんな弱った赤ゆっくりの姿はなかった。
あのまりさは、餌不足と日光によって二重に苦しめられているのだろう。

「あちゅいよぉ…いちゃいよぉ……おにゃかしゅいたよぉ……まりちゃ……ゆっくち…できにゃい…………」
「ゆっくりりかいしたよ……。まっててね………」

疲れた顔のれいむはかすかに震える赤まりさに言うと、一度ぶるりと震えてから日なたに一歩踏み出した。

「ずーり…ずーり……ゆぅううううう!あづい!いだいよぉ!あづっ!いっ!いだいいいいっ!」

容赦なく日光は体を焼き、れいむはたちまち体をうねらせて苦しんだ。
全身が光で火傷していく感覚は、どれほど痛いのだろうか。
俺には想像もつかない。

「でも…でも…おぢびぢゃんのだめだよおおおおお!れいぶがんばるよおおおおおおおおおお!」

しかし、れいむは屈しなかった。
驚異的な精神力で日陰に戻りたい気持ちを振り切り、なおも直射日光の中を這っていく。

「ずーり…ずーり……ずーり……ずーりぃぃぃいいいいいいい!」

苦しそうな声がれいむの食いしばった歯の間から漏れた。
のろのろとれいむは池に近づくと、身を屈めて水を飲む。

「ごーくごーく……ごーくごーく………」

ひとしきり飲み終え、顔を上げたれいむの頬の辺りが膨らんでいる。
ゆっくりには猿のような頬袋があり、そこに餌や水を溜めることができる。

「おみずさんとってきたよ。おちびちゃん、おくちをあけてね」
「…ありが…ちょう……おきゃあしゃん…………」

苦行を終えて日陰に戻ってきたれいむは、真っ先に動かない赤まりさの元に向かう。
れいむの言葉に、ぐったりとしていた赤まりさが口を開ける。
舌がだらんとしているのがここからでも分かった。

「……ごーきゅ…ごーきゅ……おみずしゃん…おいちい……もっちょ…………」

赤まりさはれいむの口に自分の口を近づけ、貴重な水を貪るようにして飲んでいく。
一口では終わらず、喉をごくごくと動かして水を飲む。
よほど喉が渇いていたようだ。

「ゆぅううう……どぼじで……どぼじでたいようさんゆっくりしてないのお?」

しばらくしてから赤まりさが口を離し、れいむは太陽を見上げた。
なぜ自分たちだけがこんなひどい目に遭うんだろう?と言いたげな目をしている。
しかし、れいむの不幸はまだ終わっていなかった。

「ゆっ……ゆっ……まり…ちゃ…くりゅちい……よ……ぉ……。ゆっくち……でき……にゃい……」

大量に水を飲んだせいで、餡子が薄まってしまったに違いない。
赤まりさは呻きながら体を不規則に痙攣させ始めた。
体力が消耗している時に、さらにエネルギーを無駄にする痙攣が重なった。

「ゆげぇ………ゆぶぇ……まり…ちゃの……あんこしゃん……くりゅ…ちいよぉ……たしゅけ…ちぇ……おきゃあ…しゃん…………」
「どぼじでええええ!?おぢびぢゃん!ゆっぐりだよ!ゆっぐりだよ!ゆっぐりだよねえ!?ゆっぐりじでえ!ゆっぐりじでえええ!!」

赤まりさの口元から、水っぽい餡子がドロドロと流れ始めた。
水を飲ませてあげたのにかえって苦しみだす我が子の様子に、れいむは目を剥いて叫ぶしかできない。
赤まりさは遠からず死ぬことだろう。それもじわじわと苦しみながらの死だ。
あそこまで弱っていると、オレンジジュースを飲ませても意味がない。

「どうしてこうなった?」

俺は首を傾げた。
何か、ゆっくりたちの間で人間のあずかり知らぬことが起こっている。
雑草を食べず、人間にたかる。
日光を恐れ、日陰から出ようとしない。
唐突すぎる変化だ。ある日突然、ゆっくりたちがおかしくなってしまったとしか言いようがない。

公園にいるゆっくりの数は多い。
以前は、ここに座っていると楽しそうなゆっくりたちの声が聞こえてきた。
下手だが愛情のこもった歌、赤ゆっくりたちのはしゃぐ声、仲のよいお喋り。
今、こうしてベンチに座っていても、聞こえてくるのは悲しそうな声しかない。
弱った子どもを前にしたすすり泣き。日光を浴びて体が焼ける悲鳴。
お腹が空いたと念仏のように繰り返されるつぶやき。ゆっくりできない!と我慢の限界らしいわめき。

ガサガサと近くの茂みが動き、一匹の成体のまりさが姿を現した。
偶然、俺とまりさの目が合う。

「ゆっ!にんげんさん………」

一瞬まりさは俺の視線にたじろいだが、すぐに居住まいを正してまりさは大声を上げた。

「あのっ!にんげんさんっ!おねがいですっ!きいてくださいっ!まりさはっ!まりさはあああああ!」

人間が恐いらしく、まりさの体は小刻みに震えている。
それを打ち消すように、まりさの声はやたらとでかい。
至近距離から叫ばれると、梅雨時のじめじめした感じと相まって少し不快になる。
俺はちょっときつい口調でまりさの言葉を先んじて封じた。

「お腹をすかせた子どもたちにご飯を取ってこなくちゃいけない、とかそう言いたいんだろ?」
「はい!はいいいい!そうなんです!おうちでおちびちゃんたちがないてるんです!かわいいおちびちゃんがおなかをすかせてるんです!」

まりさは両目に涙を溜めて俺に叫ぶ。
こんなゆっくりなど、この間から腐るほど見てきた。
どいつもこいつも、クローンのように同じような反応、同じような口調、同じようなことしか言わない。
ゆっくりの個性は見た目では分からない。
ゆっくりにとって自分の訴えは唯一無二だろうが、人間にとっては全部一緒だ。

けれども、俺はゆっくりで食っているジャーナリストである。
とりあえずは、だが。
無個性なゆっくりに個性を見出し、そこから大衆の興味を引くような記事を見つけるのが仕事だ。
俺自身が、ゆっくりに興味を持つ必要がある。
リュックから俺は買っておいたビスケットを取り出す。
値段は安いが量は多い。ゆっくりに上げる情報料として最適の菓子だ。

「一つ条件がある。それができるなら、お前たちに餌をあげてもいい」

とやかく言うまでもなく、まりさは俺の提案に飛びついた。
文字通りぴょんぴょんとジャンプして俺に感謝する。

「ありがとうございます!ほんとうにありがとうございます!なんでもします!どんなことでもします!だからごはんをわけてくださあい!」
「そうか。じゃあ、教えてほしいんだ。いったいお前たちゆっくりはどうなったんだ?」

俺は袋の封を切りながら、まりさの答えを待った。

とりあえず、俺は気前のいいことをアピールする目的で、情報料を前払いすることにした。
地面にビスケットをばらまくと、まりさはものすごい勢いでそれに突進する。
飢えた犬のように、まりさはビスケットをいくつかいっぺんに頬張り、音を立てて咀嚼する。

「ぽーりぽーり!ぽーりぽーり!し、し、し、しあわせえええええええええっっっ!!」

余程空腹で、しかも人間の菓子を食べる機会はめったになかったと見える。
まりさはビスケットをかみ砕きながら幸せそうに叫んだ。
エクスタシーでぐにゃりととろけた顔で、口元からよだれまで垂らしている。
安いビスケットでこれだけ喜んでもらえれば、こちらとしても楽だ。

「そうかそうか。そりゃよかった」
「ありがとうございます!にんげんさんはとってもゆっくりしてます!まりさたちはこれでゆっくりできます!うれしいです!」
「もっと食べてもいいぞ。あと、敬語は使わなくていいから」

あまりぺこぺこされてもかえって気分がよくない。
たかがゆっくり程度にちやほやされても、俺が人間である以上喜べない。
ゆっくりのボキャブラリーはお粗末で、言っていることはたいてい繰り返しだ。

「ありがとうござい…じゃなくてありがとう、にんげんさん。でも、これはれいむとおちびちゃんたちにもっていくよ」

まりさは俺に頭を下げると、大部分のビスケットを口を使って帽子の中にしまい込んだ。
俺のまいた量は、その気になればゆっくり一匹が食べきれる量だ。
飢えたゆっくりならば、家族のことなど忘れていっぺんに食べきってしまうことだろう。
しかし、このまりさは耐えた。
家族のために餌を探すという当初の目的を忘れなかったのだ。

「そうか、えらいな、まりさは」
「まりさはおとうさんだから、みんなをゆっくりさせてあげるのはとうぜんだよ……」

最近のDVのニュースを見ると人間でさえ忘れがちになったと思える、父親としての役目を口にするまりさ。
俺は少しだけこのまりさに好感を持てた。

「それはそれとして、いったいお前たちはどうしちゃったんだ。この前から急に人間にたかったり太陽の光を嫌がったり、何なんだ?」

目的を忘れていては意味がない。俺はゆっくりに餌付けがしたかったのではないのだ。
落ち着いてきたまりさに聞いてみると、まりさは困った顔で俺を見る。
自分の方が聞きたいくらいだ、という顔だ。

「まりさにもわからないよ………。いきなり、あさおきたらこうなってたんだよ………」

たちまちまりさの口調はどんよりと暗いものになった。

「まりさは、にんげんさんにめいわくかけないようにいきてきたんだよ。ごはんだって、れいむとおちびちゃんといっしょにくささんをたべてたんだよ。
ときどきむしさんがみつかるし、くささんだってなれるとけっこうおいしんだよ。でも……もうまりさたちはくささんもむしさんもたべられないよ」
「どうしてだ?まずくなったのか?」
「ちがうよ。くささんとかむしさんとか、むーしゃむーしゃするとおくちのなかがすごくいたくなって、あんこさんがきもちわるくなるんだよ。
どんなにがまんしてもむりだよ。くささんやむしさんは、ゆっくりにしかわからないどくがはいるようになったんだ。もう、たべられないよ」

舌が肥えて雑草を食べたくなくなったのではない。
草や虫を食べると食中毒を起こすのだ。
誰かが間違った善意から、野良ゆっくりに大量の菓子を振る舞ったわけではないようだ。

「だから、人間の食べるものを欲しがっているわけか」
「にんげんさんのたべものは、たべてもへいきだよ。だから、どんなものでもいいから……すこしでもいいから…にんげんさんにわけてほしいよ……」

どんなものでもいい、というのが不思議だ。
雑草が駄目で、食べ残しの生野菜が大丈夫とはどういうことだろう。
人間が見ても食欲がわかないイモムシやバッタは、ゆっくりにとってはごちそうだ。
人間が生の雑草を食べると場合によっては腹を壊すが、ゆっくりは美味しく食べることができている。
変な話だ。
何かがおかしい。

「ごはんじゃなくてもいいよ……。たべのこしでもいいよ……。でも…ごみすてばにいってもへんなどすのこえでからだがかってにうごくし……。
だけど、にんげんさんはまりさたちがいっしょうけんめいおねがいしてもきいてくれないよ。みんな…まりさのこときもちわるいって……きたないって……」

まりさはその時の屈辱を思い出したのか、悔しそうにぽたぽた涙をこぼしだした。
つくづくゆっくりは泣きやすい。
まりさにしても、こんなのは初めての体験だろう。

人間に土下座して頭を下げるまりさと番。それに子どもたち。顔をコンクリートに叩きつけ、言葉を尽くし、どこまでも下手に人間の慈悲を請い続ける。
その必死な様子をあざ笑う男性。犬の糞を見るような目で見る女性。石を投げてからかう少年。餌をあげようとして、親に手を引かれて立ち去る少女。
後に残されたのは、空腹のまま惨めさに涙を流す親子だけだ。

まりさの苦境が俺には簡単に想像できた。
最近の街のあちこちで見られる光景をコラージュすれば、すぐに脳内でできあがる。

「太陽の光は何だ?」
「……それもわからないよ。いままではずっとへいきだったんだよ。でも、にんげんさんもみたでしょ?ひなたにでると、あつくていたくてたえられないよ。
ちょっとたいようさんのひかりにさわっただけで、なつのいちばんあついときのどうろさんでこーろこーろしたみたいにあつくてたまらないよ。
ものすごくいたいよ。きずができてあんこさんがもれることはないけど、もうまりさはひかげにずっといたいよ……」

凄まじい虚弱体質としか言いようがない。
吸血鬼は日光に弱くても、夜になれば永遠に紅い幼き月に早変わりする。
ゆっくりは違う。
昼だろうと夜だろうと、地球最弱の動く饅頭の座は揺るぎない。
そのゆっくりが、さらにか弱くなった。

「ねえ、どうして?どうしてまりさたちこんなひどいめにあうの?」

まりさは俺にそう言った。
まりさの顔は、突如叩き落とされた地獄がいかに悲惨かを教えていた。
その顔は、ゆっくりとは程遠いものだった。

「まりさたち、なにもわるいことしてないよ。ゆっくりしたいだけだよ。すてきなれいむと、かわいいおちびちゃんたちとゆっくりしたいだけだよ。
なのにどうして?どうしてまりさたちゆっくりできないの?いままでずっと、ゆっくりはゆっくりしたくてもゆっくりできなかったよ。
まちのなかはすみにくいよ。もりなんかどこにもないよ。ねるところだってみつからないよ。みんなまいにちひっしでいきてるよ。でも!
あめさんはからだがとけちゃうよ!にんげんさんはいじわるなひともいるよ!にんげんさんのすぃーはものすごくこわいよ!
すぐにびょうきになるし、すぐにおおけがするし、すぐにしんじゃうし、ゆっくりはものすごくよわいいきものだよ!
それなのに……それなのに……なんでもっともっとゆっくりがよわくなっちゃうのおおおおおお!?」

まりさは大声でわめいた。
その場で転げ回りたいらしく、体はあちこちびくんびくんと震えている。

「くささんもむしさんももうたべられないよ!にんげんさんのなまごみやたべのこししかたべられないんだよ!
おひさまのしたでなかよくひなたぼっこもできないよ!おひさまのひかりにあたったらいたくてくるしくてたえられないんだよ!
どうして!どうして!どうしてまりさたちのゆっくりがなくなっちゃうの!ゆっくりしたいよ!ゆっくりしたいよ!ゆっくりしたいよ!
ゆっくりしたいよお!ゆっくりしたいいいいいい!ゆっくりしたいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

気が違ったようにまりさはわめき散らした後、はっと立ち直った。
自分が初対面の人間に、話を聞いてくれることをいいことに一方的に怒鳴ったことが分かったようだ。
俺の方を困った顔で見つめて、まりさは謝る。

「ご……ごめんなさい……おにいさん。まりさ……ちょっとおかしくなっちゃったみたい……ゆっくりしてないよね……」

普通なら「人間に喧嘩売ってるのか」と息巻くところだが、俺は違う。
ボイスレコーダーをチェックする。ちゃんと今のまりさの言葉は録音されていた。
こういうゆっくりの発言が欲しいのだ。
こういう、切実で身を切られるような言葉こそが、読者を動かしてくれる。
俺が読者なら、こういうゆっくりの声が読んでみたい。
だから、俺は逆にまりさにお礼を言いたいくらいだ。

「いや、いいんだよ。俺はジャーナリストだから、現場の生々しい本音は大歓迎さ。むしろありがとう」
「じゃーなりすとさん?」
「そう。ゆっくりのこととかを記事にして、出版社に持ち込んで、それで稼いでる」
「よくわからないよ……。でも、へんなこといってごめんなさい」

ゆっくりにジャーナリズムはない。
俺の仕事はまりさには分からなかったようだ。
そんなことはどうでもいい。今回はいいインタビューができた。
ついつい、気も大きくなる。

「だから気にするなよ。それじゃ、俺はもう行くから。ああ、これ、面倒臭いから全部やるよ」
「こんなにたくさんいいの!?」
「家族がいるんだろ。たまには腹一杯食わせてやれ」

俺が袋の中身を全部地面に空けると、まりさは涙を流して喜んだ。
何度も俺に頭を下げてから、夢中になってビスケットを帽子の中に入れている。

「ゆあ…ゆわああああん!ありがとうございます!ありがとうございます!うれしいです!まりさはしあわせーです!ありがとうございます!」

まりさの反応を最後まで見ずに、俺はベンチから立ち上がった。

「こりゃ……ちょっと本格的に調べてみる必要がありそうだな」

だとしたら、あの人に是非ともインタビューしたい。
俺みたいなしがないジャーナリストが面会できるかどうかは微妙だが、あの人の気さくで少々エキセントリックな人柄に賭けるしかない。
何としても説得力のある記事を書いて読者を喜ばせ、かつ俺の懐も暖めなくてはいけない。
そのためにはあの人の助力が不可欠だ。
国立ゆっくり研究所に所属するA主任。
あの人の頭脳を借りる必要がありそうだ。

***

ラウンジに続く通路を俺は歩いている。
隣を歩いているのは、ぼさぼさの髪の毛にちょっと獣のような恐い目つきをした男性だ。
よれよれの白衣の胸には、国立ゆっくり研究所の所員であることを示すバッジがある。
A主任。数々のゆっくり関連の発明品を世に送り出した、鬼才と言っても過言ではない人だ。

「ちょうど俺も昼飯だったんだよね。一人で食べるのも味気なくってさあ」
「ありがとうございます」

A主任はどたどたと大股で通路を歩きながら、俺に話しかけてくる。
国立ゆっくり研究所の主任という立場にもかかわらず、非常にフランクな雰囲気の人だ。
実際、俺みたいなそんじょそこらの馬の骨がこうやって研究所に入れて、しかも昼食を一緒にできるのだからありがたい。

最初は受付に行っても、当然のように「主任は只今忙しいのでまたの機会にお訪ね下さい」とあしらわれた。
しつこくしても逆効果なので、今日は引き下がろうとしたその時だ。

「おやぁ?C君?C君だろ?どうしたんだよ。取材なの?」

無遠慮な大声が聞こえた。
そこに大きな弁当箱を片手にA主任が立っていたというわけだ。
後はとんとん拍子にことは進む。
受付を説得し、A主任は俺を昼食に誘ってくれた。
あまりにもアポなしの面会がうまくいきすぎて恐いくらいだ。

「肩肘張らなくてもいいよ。こっちだってちょっと気分転換したくてね。このテーブルがいいかな」

ラウンジにはテーブルと椅子が置かれ、所員たちの憩いの場になっている。
A主任はほかの所員たちと挨拶しながら、適当に一つのテーブルを選んで座る。
日当たりがよくて快適な場所はほかにもあるのに、ランダムに選んだらしい。
この人らしいと言えばこの人らしい。
まだ三回ほどインタビューしていないが、この人は相当に変わっている。奇人と言ってもいい。

「あ、そうそう。C君、これ食べる?」
「プリンですか?」

A主任はローズヒップティーのペットボトルを空けてごくごく飲みながら、俺に小さなプリンを手渡した。
外見はただのプリンだ。蓋にも容器にも何の表記もない。加工場の試作だろうか。

「うちの加工場で処理したありすを使っているんだけど、初めて食べた人は味覚が麻痺するほど甘いらしい。
けれど、慣れてくるとこの焼け付くような甘味が癖になるんだよね。ほら、遠慮しないで食べてみてよ」

何やらずいぶんと物騒なプリンだ。
だが、差し出されたものをインタビューする側がむげに断ることはできない。
俺は覚悟を決めて蓋を剥がすと、一緒についてきたプラスチックのスプーンで中身をすくった。
綺麗なカスタードの色をしている。ありすの中身そのものの色だ。

「そ、それじゃあ、いただきます」

一口口に入れる。

「どう?甘いだろ?」

多分、A主任はそう言ったんだと思う。
俺は、彼の声が聞こえなかった。
口の中で、甘味が爆発した。
冗談抜きで、甘味が重量になって舌と下顎を押し潰した。
神経を通じて脳が揺さぶられ、首から上が「甘い」の一言で埋め尽くされる。

「げっ!げほぉっ!げほっ!な、なんですかこれっ!甘いっ!甘いなんてもんじゃありません!舌がしびれるくらい甘いですよ!」

あまりの味に咳き込む俺を、A主任は面白そうに、そして興味深そうに見ている。
きっと、俺の甘さに対する反応さえもこの人は研究しているんだろう。

「やっぱり?そりゃよかった。最初はみんなそう言うけど、そのうち熱烈なファンになる」

嬉しそうなA主任の反応に、恐いのを我慢して食べてよかったと俺は思う。
話し手をリラックスさせてかつ喜ばせるのは聞き手の務めだ。
これが自然にできなくては、まともなインタビューはできない。

「しかし……どんな処理をすればありすの中身がここまで甘くなるんでしょうか」
「聞きたい?」

俺の質問にA主任の目がぎらりと光る。
フランクでオープンな男性の顔から、マッドなサイエンティストの顔に変わろうとしていた。

「……いえ、今回は遠慮します」
「あっ、そう。じゃあ、俺は食事にするから」

さして残念がる様子もなく、A主任はさっさとプリンの話題を打ち切ると弁当箱の包みを解いた。
蓋を開けると、典型的な和食の中身が俺の目に映った。なかなか豪勢なレパートリーだ。
俺もコンビニで買っておいた自分のパンと缶コーヒーに口を付ける。
「いただきます」とちゃんと言ってから、A主任は健啖な様子で箸を上下させている。

「お弁当なんですね」
「家内が作ってくれたんだよ。俺の好みに合う味付けは、やはり市販の弁当にはないからねえ」

まんざらでもない口調で返答が返ってきた。
どうやらA主任は奥さんに愛されているらしい。
好みの味付け、好みの具材、そしてその量の多さと彼の食べっぷりを見ればよく分かる。
……いかんいかん。そんなことはどうでもいい。
俺は別にこの人のお相伴にあずかるために研究所に来たんじゃなかった。

「……C君、結婚は?」
「いえ、彼女いない歴がそのまま年齢ですので」
「なるほど」

地味に痛いところを突いてくるが、A主任は特別興味を示さない。
しばらく黙々と箸が動く。
俺もプリンをさらに食べてみた。
最初の一、二回はコーヒーを飲まなければ吹くほどの甘さだったが、次第に慣れてきた。
むしろ、慣れてくるとこの狂った甘味がおいしく思えてくるから不思議だ。
アッパー系のドラッグを使うと、きっとこんな風に感情が高揚するのではないだろうか。

「それで、え~と、何だっけ。加工場の見学だったかな?」

弁当の中身が半分ほど減った辺りで、ようやくA主任は俺に話しかけてくれた。

「いえ、違います。最近急に野生のゆっくりが虚弱になったことについて、ご意見を伺えれば幸いなのですが」

俺がボイスレコーダーをテーブルの上に出しつつ言うと、A主任は怪訝な顔をして即答した。

「野生のゆっくりは虚弱になってなんかいないよ」
「え?」
「なっているのは町のゆっくり、それも人口の密集した大都会に生息する野良ゆっくりだけだよ。野生のゆっくりに変化はない」

これは俺の言い方がまずかった。
ゆっくりを専門に扱う研究者には、森で暮らす野生のゆっくりと、都会で暮らす野良ゆっくりとは別種らしい。
俺が今まで見てきたのは野良ゆっくりだけだった。街を出て山に足を伸ばすことはなかった。
A主任は何かを見つけたらしく手招きする。

「それと、こいつのような飼いゆっくりもそうだ。れいむ、こちらに来なさい」

ぽよんぽよんと音を立てて、一匹のれいむがこちらに跳ねてきた。
成体のゆっくりだ。見るからに賢そうな顔をしているし、外見も野良と比べること自体が間違っているほど綺麗だ。
ペットショップの金バッジのゆっくりでも、ここまで理知的な表情はしていないだろう。
れいむは俺の方をちゃんと見てから、にっこり笑って挨拶した。

「ゆっくりこんにちは、おにいさん。よくいらっしゃいました!」

以前A主任にインタビューした時に見せてもらったれいむに間違いないだろう。
この人の作った「製品」らしいが、詳しいことは知らない。
口調にも、ゆっくり独特の舌足らずで知能の低そうな感じが見受けられない。

「知能の高いゆっくりですね」
「うん、中身とか中枢餡とかたくさんいじくったからね。ゲスにならないゆっくりを作る実験で、一応完成に一番近い」
「すごいですね……」

ゆっくりのゲス化は、ゆっくりの遺伝餡に刻まれた情報との戦いらしい。
遺伝情報そのものにゲス化する因子があるため、どれだけ優良な血統を作り出しても、どれだけ教育を徹底しても突然発現する。
むしろガンに近い。ゆっくりにとっても、飼い主にとってもゲスはガンだ。
これを取り除くとなると、とてつもない苦労だろう。
それを完成に近いところにまでこぎ着けるこの人は、やはり鬼才と言っていい。
ただ、飼いゆっくりにそこまで完璧さを求める人は少ないと思うのだが。

「れいむ、そこに陰陽玉ボールがあるだろう?」
「これだね、おじさん!おじさんのプレゼントだよ。れいむのたからもののひとつだよ!」

れいむは観葉植物の鉢植えの近くから、ゆっくりが遊ぶのに使う陰陽玉ボールを取り出した。
犬のように口にくわえ、A主任の前にぽとりと落とす。
れいむの眼差しはA主任に向けられている。
彼に話しかけてもらえることが、嬉しくてしょうがないらしい。

「それを使って一発ギャグをしなさい」

A主任は真顔で言った。
れいむは硬直した。

「ゆっ………ゆゆゆ………」

れいむはしばらく唸っていたが、いきなりにこにこ笑いながらボールにすりすりし始めた。

「ゆぅーん!おちびちゃんとってもかわいいよお!すーりすーり!……ゆあっ!これおちびちゃんじゃなくてぼーるさんだね!れいむうっかりー!」
「…………………………」
「…………………………」
「ごめんなさい……おじさん、おにいさん。さむかったよね……」
「い、いや、そんなこと、なかったよ、ねえ?」

れいむの体を張った芸に俺は心にもないことを言ったが、A主任は厳しかった。

「寒いよ」
「すみません…………」

れいむは二回りほど小さくなって謝る。

「とりあえずれいむ、ちょっと日なたに出てみなさい」
「わかりました、おじさん」

れいむはすぐにA主任の命令に従い、ぴょんと跳ねて日なたに全身をさらした。
日光がれいむの体に降り注ぐ。

「これでいいですか?」

いつまでたっても、れいむが苦しむ様子は見られない。
れいむはなぜ自分がこんなことをしなければならないのか分からないらしく、不思議そうな顔でA主任を見ている。

「ね?何ともなってないだろ?」
「本当ですね。でも、俺が見たゆっくりたちは日光を浴びただけで苦しんでましたよ」
「ここ数日ひっきりなしに保健所から連絡があったから、俺も調べてみたんだよ。まるでアレルギーだね。
草や虫を食べると口が腫れ上がって体内の餡子が痙攣するし、日の光を浴びた箇所が火傷みたいな炎症を起こす」

れいむを下がらせ、A主任は漬け物をかじりつつ説明する。
ここまでは、俺の調査と同じだ。別段新しいネタはない。
逆に言えば、俺はこれ以上分からない。
ゆっくりを生物学的に見てどうこう言えるほど、俺は教養がない。
だからこそ、この人の意見が記事には必要だ。

「でも、どうして都会のゆっくりだけなんでしょうか。それに、どうして飼いゆっくりはならないんですか?」

俺が訪ねると、A主任はにやりと笑った。

「どうしてだと思う?」
「食べ物の違いでしょうか。それとも……やっぱりストレスによるものかもしれません」

無難な俺の答えに、A主任は首を横に振った。

「違うよ。そんな表面的なものじゃない。問題はもっと根深いものさ」

不意にA主任は箸を置くと、椅子に深く腰掛けた。
いきなり、俺は自分がテストの採点をしてもらう生徒になった気がした。
A主任がただのよく食べる中年男性から、一人の研究者に変わっていた。

「君は、退化という言葉を聞いたことがあるかな」
「ええ、学校の生物の時間に」
「生物は進化の際に、特定の器官を縮小させることがある。人間を見れば分かるよね。
直立歩行を行い骨盤と頭部を進化させた人類は、逆に猿人の段階から尾が退化してなくなっている。今町で見られる現象はゆっくりの退化だよ」

退化、という語は初めて聞く。
知ってはいたものの、俺はゆっくりの状況を退化に結びつけることはできなかった。

「退化ですか?」
「そうだよ。彼らは生物としてますます虚弱に、ますます脆弱に、ますますか弱くなった。これを退化と言わずして何と言う?
これまで耐性があった植物の組織や昆虫の体液、さらに紫外線に対して退化したゆっくりはもはや耐えられない。
進化の裏返しだろうね。ゆっくりは人間の住む環境に適応して進化している。そもそも言葉を話したり原始的な社会を形成するのは、人間の真似事だと俺は思うよ。
町に住むゆっくりはゆっくりの最先端。進化のモルモットだ。彼らは人間に近くなるよう進化した代わりに、野生のような本来の状態とは異なっていく」

確かに、進化と退化という言葉でこの現象は説明できる。
ゆっくりは進化した。
人間により近くなろうと、人間の住む環境に適合しようと進化した。
だから都会の人間に関わるゆっくりが対象となり、人間と関わらない野生のゆっくりは対象外となる。
だから人間の食べるものは食べられるが、もう雑草や昆虫が食べられない。

元々ゆっくりは他の生物に比べて妙に人間くさい。
社会を形成するだけではない。
人間のような表情があるし、感情もあるし、何より日本語を話す。
見ようによっては不気味なくらい人間に近い。

さらに人間のようになりたい。さらに人間の住む環境で暮らしやすくなりたい。
そのベクトルで進化したから、ゆっくりたちは他の部分が退化した。
自然の中で生きていくのに必要な機能が退化してしまい、食性まで変わってしまった。
……あれ?おかしいぞ。

「ですが、日光はどうしてでしょう。日光と人間を真似ることとは関係ないような気がしますが」
「やっぱりそこに気がついた?そうなんだよね。関係ないよね」

日光に弱くなったという点は、退化では説明しきれない。
日の光を浴びることと、人間をまねることとに因果関係はない。
俺はそこをA主任に聞いてみると、彼はしばらく考えてから話を続けた。

「ここから先は俺の仮説なんだけどさ。ゆっくりはどんな生物とも基本的な欲求が違うんだよ。
人間も動物も植物も、子孫を残して繁栄することを第一として生きている。そうだろ?そうでもなければ精液の中に精子が三億も必要ない。
どの生物も生きること、生き延びること、子孫を残すことに必死で、ゆっくりすることなんか二の次なんだよ。だが、ゆっくりはそうじゃない」

その通りだ。
ゆっくりがどうして、ここまでほかの生物と違うのか理由が分かった気がした。
どのゆっくりも「ゆっくりしたい」と言う。
「生きたい」ではない。「ゆっくりしたい」のだ。
ゆっくりすること。それ以外ゆっくりは必要としない。

「ゆっくりはゆっくりを求める。何よりもまずゆっくりすることが第一だ。それこそ、生きることさえもゆっくりすることには劣るくらいだ。
動物は自殺をしないが、ゆっくりはゆっくりできなくなれば自殺さえする。ゆっくりがいかにゆっくりすることに重きを置いているか分かるだろう?
ゆっくりしたい。何はともあれゆっくりしたい。だから彼らは「ゆっくりしていってね!」と叫ぶわけだ。
ゆっくりできない環境であればあるほど、ゆっくりが手に入らない状況であればあるほど、ゆっくりたちはゆっくりを求めて止まない。結果、どうなると思う?」

ゆっくりすることだけを求め続けた結果。
生きること。生き延びること。生きて子孫を残すこと。
生物として当たり前のことさえもないがしろにして、ただ自分がゆっくりしたいと願った末路。
それは、俺たちがこのところ毎日見ているゆっくりの姿だ。

「………退化する、ということですか」
「そう。これは当然の結果さ。ゆっくりできない野良ゆっくりたちは、ゆっくりプレイスを求めて求めて求め続けたんだろう。
その結果、身体機能が退化してさらに虚弱になった。生きることを選択せず、生き延びることを選ばず、ゆっくりすることだけを求めたからこうなったのさ。
だから、ゆっくりが満たされている飼いゆっくりや、自然の中でたくましく生きている野生ゆっくりは退化していない。
この現象は、一重にゆっくりプレイスを求め続けたゆっくりが、その願いによって生物としての本分を忘れたからだろう。俺はそう思う」

今度こそ理解できた。
都会はゆっくりにとって住みよい場所ではない。
それなのに、だからこそ、ゆっくりたちは遺伝餡に刻まれた素敵なゆっくりプレイスを求め続ける。
あそこでゆっくりしたい。ゆっくりして幸せになりたい。
目先の問題を無視し、無意識の中でゆっくりプレイスに浸っていた。
だから、野良ゆっくりは生物としての機能が退化した。
ゆっくりを求める気持ちをさらに高めた代償として、ゆっくりは今日を生きる力を失った。
あまりにも馬鹿馬鹿しい選択だ。等価交換にすらなっていない。
A主任は話し終えると苦笑した。

「確固とした物的証拠がないから、あまり本気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、これは俺の仮説だから」
「いえ、すごく論理的な説だと思います。ありがとうございました」

A主任は謙遜するけど、俺にとってこれは非常にありがたい対談だった。
国立ゆっくり研究所の人間の語る内容には箔がつくし、何よりもA主任の話は生物学に則っているため説得力がある。
A主任が本当に正しいかどうかは俺には分からないけど、読者を納得させるには最適だ。
俺は心から感謝してA主任に頭を下げた。

「悪意が人類を育ててきた」

俺が目を上げると、A主任は近くで陰陽玉ボールで遊んでいるれいむを見ていた。
高い知能を持つように改造されたれいむも、ああやって無心に遊んでいる様子は普通の飼いゆっくりと大差ない。
飼い主としての愛情がこもった目つきではない。
しかし、哀れみさげすんだ目つきでもない。
研究者としての、一つのサンプルを見ている目だった。

「あいつが憎い、あいつが嫌いだ、あいつには負けたくない、あいつを蹴落としてやる。人類はそうやって悪意を磨くことによって、ここまで文明を発達させてきた。
国家も、法律も、兵器も、スポーツも、カルチャーも、根底にあるのは悪意だ。でも、人間の真似ばかりしているゆっくりには、その悪意が足りないよ」
「え?そうなんですか?でも、あいつらは帽子やリボンがない同族を虐めたりしますけど。見てるこっちがドン引きするくらいに」

ゆっくりは飾りのない同族を執拗に虐め、制裁と言って殺すことさえ平気でする。
同族殺しはタブーだが、飾りのない同族はそもそもゆっくりですらないのか。
いや、違う。飾りのないゆっくりは「ゆっくりできない」「ゆっくりしていない」から制裁する。
自分たちがゆっくりできないから、ゆっくりしていない飾りのないゆっくりを殺す。
それも喜色満面で。自分たちが正義の味方のような顔で、命乞いをする同族を潰す。
この習性は、ゆっくり嫌いな人間が必ず口にする理由の一つだ。

「そういう習性だからね。他者を踏み台にしてでも生き延び、のし上がっていこうとするとする悪意がない。ゆっくりは他を押しのけてもそこでゆっくりするだけだ。
それはすなわち、どうしようもなく弱いということだ。悪意のある人間と、悪意のない人間がサシで勝負した場合、どちらが勝つと思う?」
「そりゃあ、悪意のある方ですよ。ルール無用、反則上等の相手と戦って勝つ気がしません」

自分が格闘技のリングに上がったときを想像してみた。
相手は反則の常習犯だ。
目潰し。股間狙い。噛みつき。武器さえ審判に見えなければ平気で使う。
こんな相手と戦うことを考えただけで身がすくむ。
最終的には判定で勝てるかもしれないけれど、その前に再起不能にされそうだ。
そもそも相手に対する恐怖で、まともに戦えないだろう。

「そうだよね。別にゆっくりに悪意がないって言っても、彼らが純真で無垢だという意味じゃない。彼らは幼稚で、悪意によって強くなることがないだけなんだ。
だから逆境にたやすく折れ、耐えることができない。嘆くだけだ。ゆっくりしたくてもゆっくりできないこの町は、彼らにとって地獄だろうね」

それは俺にも思い当たる話だった。
ゆっくりには計画性がなく、その日暮らしを体現したような生物だ。
野山では、毎年膨大な数のゆっくりが越冬を失敗して死ぬそうだ。
秋までに越冬用の食料を集めないでゆっくりしているという、あまりにも愚かな理由で死んでいく。
都会では越冬の習性がなく、そのせいで街のゆっくりの数は野生と比べものにならないくらい多い。

ゆっくりは、ゆっくりすることしか頭にない。
意地悪なことをしても、悪意を抱いて計画的にしているのではない。
ただゆっくりできるから、自分より弱い相手を虐めるだけだ。
逆境に耐えられないと言われてもうなずける。
悪意を糧にして、しぶとく生き延びようとする意思がない。

「どぼじでゆっぐりでぎないのおおお!?」
「れいみゅはゆっくちちたいだけだよ!」
「まりしゃ、ゆっくちしちゃいけにゃいの!?」
「ゆっくりしたいよお!おねがいだからゆっくりさせてね!」

残念ながら他力本願だ。
自分たちでゆっくりできるゆっくりプレイスを作ろうとせず、落ちてくる幸運を待っているだけ。
善意も悪意もなく、ゆっくりすることしか頭にないかわいそうな生物。
俺は、ゆっくりが退化した理由が分かるような気がした。

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  • はえ~... -- 2017-07-21 (金) 01:26:10
  • なんか難しい話だな…(餡子脳) -- 2022-05-27 (金) 00:09:43
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