anko2020 ゆっくり退化していってね!3 のバックアップ(No.1)


都心から少し離れた高級住宅地に、長い間買い手のつかない空き地がある。
そこは野良ゆっくりたちの集会所となっていた。
草刈りをゆっくりがやってくれているため、近所の人もゆっくりを駆除することはない。
ここはまさに、野良ゆっくりたちのユートピアだった。

「ありがとう!おにいさん。これだけあればみんなすごくゆっくりできるんだぜ!」
「ゆっくりありがとう!おにいさんはすごくゆっくりしてるわ!とかいはよ!」
「またいつでもきてね!れいむのしってることならなんでもおしえてあげるよ!」
「ああ。また取材させてくれ。今日はありがとう」

俺はゆっくりたちの取材を終え、代金としていつものビスケットをゆっくりたちに支払った。
ゆっくりたちはリーダーのまりさとその番のれいむを筆頭に、ちゃんと俺に礼を言う。
野良ではあるが、教育を受けたバッジ付きのゆっくりたちとつきあっているだけあって、人間に対する礼儀はわきまえている。

街の中心に近ければ近いほど、ゆっくりの退化は早い。
ここはまだ日光に耐性が残っているようだ。
ゆっくりたちは日の当たる場所で思い思いのゆっくりを味わっているが、一匹も苦しんでいる様子はない。
街の中心部の悲惨なゆっくりたちとはかけ離れている。
表情も明るく、三度の食事に苦労しているようには見えない。

「それにしても、みんな悲しそうじゃないな。草が食べられなくなったんだろ?」
「むきゅぅ……そうよ。いままでおいしくたべてたのに…もうぱちゅりーもおちびちゃんもくささんはたべられないわ」

ぱちゅりーが一匹俺の発言でうつむいたが、すぐにリーダーまりさがぱちゅりーを励ます。

「だいじょうぶだぜ!まりさたちはにんげんさんとくらすゆっくりたちとけーやくしているのぜ!」
「そうだよ。だから、がんばってはたらけばにんげんさんからおきゅうりょうがもらえるよ。とってもおいしいごはんだよ!」

得意満面な二匹の言葉に、俺は興味を引かれた。
ゆっくりの世界に契約という語があるのは初めて聞いた。
しかも給料もあるというのだ。

「けーやく?契約か?それに給料だって?おいおい、すごいじゃないか」
「ゆへへっ、それほどでもあるんだぜ。まりさがおもいついたのぜ」
「りーだーはすごいのよ。にんげんさん、ききたいかしら?」

人間ならば肩をそびやかせているだろう。
まりさは俺にほめられて有頂天になっている。顔がにやけるのが止まらないようだ。
さらにおだててやると、まりさはぺらぺらと自分が思いついた群れの仕事について喋ってくれた。

まりさたちが人間と契約したのは、飼いゆっくりを相手にした仕事についてだ。
主な仕事は三種類。
第一に赤ゆっくりの保育園。
赤ゆっくりに集団行動をとらせることで、親ゆっくりが付きっきりで甘やかすことによるゲス化を防ぐ。
第二に子ゆっくりの遊び相手。
同じく子ゆっくりに集団行動をとらせることで、自分勝手なゆっくりにさせず、常識をわきまえたゆっくりに育てる。
第三に大人のゆっくりの話し相手。
家の中に閉じこもりっぱなしの陰気なゆっくりにさせず、楽しくお喋りすることによって快活でかわいらしいゆっくりにする。

孤独に弱く、仲間を欲しがるゆっくりの需要に応えた仕事だ。
ほとんどの飼いゆっくりは独身か番のみ、よくて子どもが一匹だけだ。
飼い主がゆっくりマニアでない限り、複数の番と複数の子どもという組み合わせはない。
ゆっくりは寂しがりであり、一匹で放っておくとゲス化したり、非ゆっくり症にかかって死んでしまう。
番を与えると、今度は「かわいくてゆっくりできるおちびちゃん」を欲しがる。
一匹だけ、という約束で子どもを許可したら、赤ゆっくりが「きゃわいいいもうちょがほちぃ!ほちいよぉ!」と騒ぎだす。

ゆっくりは飼い主を困らせたいのではなく、孤独に弱く仲間を求める気性が強いのだ。
元々野生のゆっくりは大抵群れで暮らしている。
人間の元で一匹だけで暮らす方が特異なのだ。

まりさたちの群れが始めた仕事は、まさに飼いゆっくりたちの必要としていたものだった。
外に出れば、たくさんの仲間たちとゆっくりとお喋りを楽しむことができる。
遊びたい盛りの子ゆっくりたちは、めいっぱい同年代の子どもたちと遊ぶことができる。
飼い主にとっても悪い話ではない。
赤ゆっくりが溺愛されてゲスになることはなくなり、飼いゆっくりたちは以前よりも生き生きとしてかわいらしくなった。
仕事が忙しく家を空けていることが多い人たちにとって、飼いゆっくりを預かってくれるまりさの群れは渡りに船だろう。

人間は喜び、まりさたちに給料を払う。
気前よく大量のゆっくりフードが支払われ、時にはお菓子も振る舞われる。
ゆっくりフードは保存が利くし、雑草が食べられなくなったゆっくりも安心して食べることができる。
ここの群れは都心のゆっくりたちと違い、ゆっくりできる幸せを謳歌していた。街のゆっくりよりも血色がよく髪もきれいだ。
食いっぱぐれる心配がないのは大きい。

「面白いネタが手に入ったよ。ありがとう。じゃあ、これは情報料の追加だ」

俺は追加で板チョコをリーダーまりさの前に置いた。

「ゆわあああっ!!ちょ、ちょこれーとさんなのぜ!すごくおいしそうなのぜ!ありがとうなんだぜ!」

まりさは目を輝かせてチョコレートを口でくわえると、番のれいむに渡す。
きっと、これからみんなで等分することだろう。
俺が帰ろうとした気配が分かったらしく、まりさは俺を呼び止める。

「ゆっ!おにいさん、ちょっとまってほしいのぜ」
「ん?」
「おちびちゃんたち!でてきてゆっくりしたおにいさんにあいさつするんだぜ!」

まりさが嬉しそうに言うと、まりさの帽子の端がぐいっと持ち上がった。

「ゆ~っ」

声と共に姿を現したのは、ピンポン玉くらいの大きさの赤れいむだった。
まだ生まれたばかりだろう。饅頭皮も柔らかく薄そうで、ちょっと高所から落ちただけで潰れてしまいそうだ。

「ゆーあー」
「ゆっゆっー」
「ゆーう。ゆっゆっ!」
「ゆっゆ。ゆーっくち!」
「ゆ~う~?ゆ~?」

次々と赤ゆっくりたちはまりさの帽子から出てきて、両親の周りで楽しそうにころころ転がったり跳ねたりする。
総勢六匹。どのゆっくりも元気で健康に見える。
まだまともに喋ることもできず、「ゆっくち」というのが精一杯のようだ。
もう少し育てば、舌足らずな赤ゆっくりの言葉が聞けるだろう。

「おちびちゃんたち、このひとはまりさたちにおきゅうりょうをくれたひとなのぜ。ゆっくりおれいをいうんだぜ!」

まりさの号令がかかると、そろって赤ゆっくりたちは俺の方を向いて何やら言い始めた。

「ゆっくちゆっち!」
「ゆっくちゆっゆー!」
「ゆっくち!ゆ~っ!」
「ゆっくち~!ゆっ!」
「ゆーゆー!ゆっくち!」
「ゆっくちー!ゆっちゆっち!」

「ありがちょうにぇ!」と本ゆんは言っているつもりらしい。
この年齢で両親にちゃんと従うあたり、教育は行き届いているようだ。
小さな体をいっぱいに伸ばして「ゆっー!」とアピールする様子はなかなかかわいらしい。

「おちびちゃんたちにすりすりさせてほしいんだぜ」とリーダーまりさが言うので、俺は片手を差し出した。
たちまち赤ゆっくりたちは目を輝かせて俺の手に群がる。
小さな赤ゆっくりのもちもちの頬の感触と、濡れた舌の感触が手と指から伝わってくる。

「ゆ~ん!しゅーりしゅーり!」
「ぺーりょぺーりょ!ゆっくち!」
「ゆっくち~。しゅーりしゅーり」
「ゆーゆん!しゅーりしゅーり♪」
「ゆっくち!ゆ~ゆ~!」
「ゆーん!ゆっくち!ぺーりょぺーりょ!」

赤ゆっくりたちは、異種の人間とゆっくりできることが嬉しいらしい。
母親に対するかのようにすりすり、ぺろぺろを熱心にしている。
警戒心がまったくない無垢なゆっくりたちだ。
都会だというのに、ここだけ牧歌的な雰囲気に包まれている。

「ゆぅぅ……おちびちゃん……おちびちゃん……れいむはこんなおちびちゃんがいっぱいですごくしあわせだよおぉぉお……」
「うれしいのぜ……みんなゆっくりしてるのぜ。まりさは……すごくしあわせーなんだぜ……」

リーダーまりさとれいむの番は、その様子をとてもゆっくりした顔で見守っている。
かわいい子どもたちが俺をゆっくりさせてあげている、と思っているのだろう。
そっと寄り添うその姿からは、野良としての気苦労や辛さなどみじんも伝わってこない。

両親が油断したその時だった。
突然物陰から飛び出したアメリカンショートヘアの子猫が、一匹の赤れいむを捕まえた。
俺の指にさっきまで、はむはむと甘噛みしていた赤れいむだ。

「ぴゃぎっ!」
「おちびちゃあああああん!」
「ゆあああああ!ねこさんなにするのぜええええ!」

子猫は前足の素敵な肉球で赤れいむを押さえつけ、しっぽを振りながら見つめている。

「ゆぅうぅうううう!」
「ゆーっ!ゆーうー!」
「ゆくち!ゆくち!ゆっくちぃ!」
「ゆーゆー!ゆーゆーゆー!」
「ゆーあー!ゆあーあ!ゆー!」

赤ゆっくりたちはどうしていいか分からず、ゆーゆー鳴きながら子猫と赤れいむの周囲を跳ねるだけだ。

「ぴぃっ!ぴぴぃっ!ゆっぴぃ!」
「やめろおおおおおお!おちびちゃんをはなせええええええええええ!」

体を振って逃れようとする赤れいむだが、子猫でも赤ゆっくりには猛獣に匹敵する。
前足は赤れいむを押さえつけたまま微動だにしない。
親れいむが大声を上げて子猫に体当たりしようとしたが、リーダーまりさがそれを制した。

「まつのぜ!れいむ!」
「まりざあああああ!どぼじで!どぼじでえええええ!」
「あれはにんげんさんのかいねこさんなのぜ!もしもけがさせたらまりさたちにんげんさんにくじょされるのぜ!」

子猫はピンク色の首輪をしている。
さすがはリーダーだ。激情に駆られて向こう見ずなことはしない。
もし子猫を傷つけるところを住人に見られでもしたら、即刻まりさたちは加工場行きだろう。

「でも!でもおちびちゃんが!おちびちゃんがいたいいたいだよおおおお!」

親れいむは立ち止まったが、だからといって諦めたわけではない。
ぶんぶんともみあげを振り回して苛立っている。

「ゆあーあー!ゆあーあー!」
「ぷくぅ!ぷくぅ!ぷぅー!」
「ぷきゅぅぅぅっ!!」
「ゆーっ!ゆぅぅぅううう!!」
「ゆあ!ゆああ!ゆあああ!」

赤ゆっくりたちは泣いたりぷくーと膨れたりとしているが、何の意味もない。
リーダーまりさは子猫の前に立ちはだかると、気合いを入れて一気に大きく膨れ上がる。
群れのゆっくりたちをあずかるリーダーの、本気のぷくーである。

「おちびちゃんをはなすのぜ!ぷっくぅううううううううううう!!」

それに怖じ気づいたのかどうかは不明だが、子猫は前足を赤れいむから離した。
怖がっていると言うより、うざがっていると言う方が正しそうではある。

「ゆぅ………ゆぅ……ゆぅぅ……ゆーう……ゆー……」

ふらふらになりながら、親の方に這って近づく赤れいむ。
まりさはそれをかばいながら、子猫に言い放つ。

「おちびちゃん!おちびちゃんはまりさがまもるのぜ!ねこさんはゆっくりしてないでかえるんだぜ!」

子猫はまりさの宣言を100%無視した。
のろのろと這う赤れいむに、再び狩猟本能がうずいたようだ。
子猫の前足が赤れいむをはたいた。

「ぷぴゅぴゅぅっっ!」
「なにしてるのぜえええええ!ぷくーしたのになんでこわがらないんだぜええええ!」

たいした力ではないが、弱った赤れいむにとっては強烈な打撃だ。
赤れいむは目を剥いてころころと転がる。
さすがに、このままにしておくと寝覚めが悪い。

「ほーら、向こうへ行こうなー、よしよし」

俺は子猫の両脇に手を入れて抱き上げた。
子猫はちょっと嫌がってもがいたが、幸いおとなしくしてくれた。
俺は子猫を離れた家の前に連れて行くと、そこにそっと降ろした。

「そっちで遊んでな」

子猫は「余計なことをするな」と不満そうに俺を見たが、すぐに植木鉢の間に潜り込んでしまった。

「ありがとう!ありがとうなのぜ!ほんとうにありがとうだぜ!おにいさんはいいひとなんだぜ!ゆっくりしてるのぜえええ!」

猫がいなくなってから、リーダーまりさがぴょこんぴょこんと跳ねてきた。
まりさにとっては、扱いに困る猫を追い払ってくれた恩人なのだろう。
しきりに俺に頭を下げて礼を言っている。

「別にいいさ」
「ゆっくりなのぜ!ゆっくりしてるのぜ!ゆっく……ゆがああああああ!やべろおおおおおおお!!」

突然まりさがものすごい大声を上げたので、俺はびっくりしてそちらを見た。
どこから飛んできたのか、カラスが次々とゆっくりたちに襲いかかっている。
悲鳴を上げてありすやぱちゅりーたちは逃げまどっている。
リーダーまりさの番のれいむと、赤ゆっくりたちも同様だ。

「がらずざんなにじでるのおおおおおおおお!おぢびじゃんをいじめるなああああああ!」
「ゆっぐりじでないがらずざんはゆっぐりじないでででいげええええええええええ!!」

親れいむの悲鳴に、まりさは猛烈な勢いで空き地に向かって突進する。
カラスたちは真っ先に一番弱いゆっくりを狙っている。
言わずとしれたまりさの子どもたちだ。

「ゆぅぅう!ゆーっっ!」
「ゆーうー!ゆあぁぁぁぁ!」
「ゆぴぃ!ゆぴぃ!ゆぴゃぁ!」

赤ゆっくりたちはパニックに陥り、ゆーゆー鳴きながらでたらめな方向に跳ねている。
カラスはそれを一匹ずつ追い回す。
人間でさえカラスにつつかれればけがをする。
俺はさっき赤ゆっくりたちにすりすりされた感触を思い出した。
あの柔らかな饅頭皮など、カラスの嘴はあっさりと貫通するに違いない。

「がらずざんはおぢびぢゃんをいぢめるなああああああああああ!」

果敢にもまりさはカラスの集団に飛び込んだ。
全身を使った体当たりで、カラスを蹴散らすつもりだ。
しかし、鳥類の中でも賢いとされるカラスに、そんな眠ってしまうようなとろい攻撃が当たるはずがない。
かえって、まりさはれいむと同様にカラスたちの標的にされた。

「いだいっ!いだいっ!おぢびぢゃん!おぢびぢゃん!おぢびぢゃぁあああああん!」
「ごっぢにぐるんだぜ!おどうざんがおぢびぢゃんをまもぶんだぜ!ゆがあああああ!」

まりさとれいむは我が身を守りつつ、散らばってしまった赤ゆっくりたちを助けようとする。
だが、カラスの攻撃は執拗だ。
後ろから髪の毛を引っ張り、側面から嘴でつつき、急所の目を狙って攻撃する。

俺はどうしているって?
もちろん、ビデオカメラを使って撮影の真っ最中だ。
こんなシーンは滅多に撮れない。
カラスは俺を無視して、ゆっくりのみを襲っている。

「ゆーっ!」
「ゆゆーっ!」
「ゆぅううううう!」
「ゆーうー!おあーあん!おおーあああん!」

たぶん「おかーしゃん!おとーしゃあああん!」と言っているのだろう。
四匹のゆっくりはまだ何とか両親のそばに来ることができた。
まりさとれいむの必死の抵抗に、何とかカラスの餌食にならないで済んでいる。
残りの二匹は不運だった。

「ゆぴ……ぴっ……ぴゃぁ…………」
「ゆっ……ゆぅ……ゆっ……ゆ…………」

一匹はさっき子猫に捕まった赤れいむ。
もう一匹は、あまりにも両親から離れてしまった赤れいむだ。
二匹はカラスの嘴によって滅多刺しにされ、一匹は背中から、もう一匹は側面から食べられている。
無数の嘴が襲いかかり、たちまち赤れいむたちはバラバラに引き裂かれて生涯を終えた。

「いぢゃああああああ!あぎいいいいい!おべべっ!おべべっ!ばりざのおべべがああああ!」

リーダーまりさが濁った悲鳴を上げた。
見ると、一匹のカラスがまりさの右目を抉り出し、器用に宙に放り投げてからぱくりと飲み込んだところだった。
さしものまりさも、カラスのリンチには耐えきれなかったと見える。

「だずげでっ!ばりざっ!れいぶをだずげでっ!おねがいだがらだずげでええええ!」
「おおーあん!ゆーっ!おおーあぁぁん!」
「ゆーう!ゆーぅううう!」
「でいぶううううううううう!おぢびぢゃあああああああん!」

死角を作らないようにして徐々に後退するまりさとは違い、れいむはカラスの群に囲まれてしまっていた。
スタミナが切れたところで、カラスたちが一斉に啄みを開始する。
たとえハンターがランサーやガンランサーで盾を装備していても、大幅にスタミナを削られる連続啄みだ。
ハンターでなく、盾も持っていないれいむは何もできない。
うずくまって、体の下に赤ゆっくりたちを隠すだけだ。

「ゆーゆー!おおーあん!おおーあああん!」
「おおーあん!ゆっ!ゆっ!ゆーうー!」
「どうずれば……どうずればいいのぜえええええええええ!」

まりさは両方から助けを求められている。
れいむとれいむの側にいる子どもたちを助けに行けば、今自分の側にいる子どもたちが危険にさらされる。
ならば今側にいる子どもたちの安全を最優先にすると、れいむとれいむの助けた子どもたちを見捨てることになる。
まりさの苦しみに満ちた悲鳴が空き地に響きわたった。

だが、やはりまりさはリーダーだった。
もはや、れいむを助けることはできない。
れいむを助けに行けば、きっと子どもたちだけでなく自分も死ぬ。
共倒れは、避けなくてはいけない。
れいむを、見捨てるしかない。

「でいぶうううううう!ごべんねっ!ごべんなのぜええええ!おぢびぢゃん!ごっぢなのぜ!ごっぢにぐるんだぜえええええ!」

まりさは涙を流しながら、自分の側にいた赤ゆっくり二匹をカラスの隙を見て帽子の中に入れる。

「ばりざあああああ!あがっ!あああっ!いだいい!がらずざんやべでぇ!だべないでっ!れいぶをだべないでええええ!」
「ゆびっ!ゆーあ!ゆあーあぁ!ぴぴっ!」
「おあーあん!ぴぎゃっ!おおーあっ!ぴゃっ!」

まりさの判断は正しかった。
れいむはそこから一歩も動けず、背中からカラスに食べられていく。
嘴がれいむの体に刺さり、ざくざくと餡子がほじくり出される。
赤ゆっくりたちは母親の悲鳴に、カラスにやめてくれるよう頼んでいたようだが、聞かれるはずがない。
数羽のカラスによってたちまち八つ裂きにされた。

「おぢびぢゃあああああああああああん!れいぶ!れいぶ!れいぶれいぶれいぶれいぶれいぶうううううううう!」
「ばりざ!ばりざっ!ばりざあああああああああああああああああ!」

自分の子どもたちがカラスに惨殺されるのを見て、まりさは気が狂ったように絶叫する。
それに反応して、うずくまっていたれいむが顔を上げてまりさの方を見据えた。

「おぢびぢゃんを!おぢびぢゃんをおおお!じあわっ!いだいっ!じあわぜにっ!じあわぜにじでっ!じあわ……いぎゃぎびぎげがぎぇぢががが!!」

それがれいむの遺言だった。
柔らかい目と顔にカラスたちは殺到し、れいむは悲鳴を上げる暇もなく顔中を啄まれて声を出せなくなった。
目玉をくわえたカラス。歯を抜いては邪魔だと放り投げるカラス。
裂いた舌を嬉しそうにつつくカラス。
れいむは生きたまま解体されていく。

「ゆわあああああん!れいぶううう!れいぶう!やぐぞくずるよお!おぢびじゃんをじあわぜにずるがらああああ!ぜっだいずるよおおお!」

まりさはすべてを見届けてから、垣根の中に飛び込んだ。
そこならばカラスが入ってこられない。
きっと、垣根を伝ってどこか安全な場所に逃げるのだろう。
まりさは番のれいむと、四匹の子供を失った。
空き地のあちこちでは、逃げ遅れたゆっくりたちがカラスによって食べられている。
赤ゆっくりを二匹も助けたまりさは、なかなかの傑物だと言えるだろう。

俺は上を見た。
電柱から、カラスがじっと俺を見ていた。
塀の上では、さっきのアメリカンショートヘアの子猫が優雅に座って俺を見つめている。
今まで、こんなことはなかった。
人間と同じ言葉を喋るからなのか、ゆっくりはカラスや猫に襲われることはなかった。
ゆっくりが日本語を喋るのは、動物に対する威嚇だという説もある。
いずれにせよ、か弱いゆっくりが大手を振って街の中で暮らしていけたのは、カラスや猫に食べられなかったからだ。

だが、今では公然とゆっくりが襲われ始めた。
もう、動物たちはゆっくりを警戒しないのだ。
これは本当にただの退化なのか?
それとも、もっと何か恐ろしいことを予期させる氷山の一角なのか?

「いったいどうなってるんだ?」

空をものすごい数のカラスが横切っていく。
カー、カー、という鳴き声がうるさいくらい周囲に響く。
カラスはきっと、いい餌場を見つけたからついてこいと仲間に教えているのだ。
餌場とはすなわち、たくさんのゆっくりが行る場所だ。
……駅前だ!
俺はビデオカメラをしまい、カラスたちの後を追って走り出した。

***

それは恐ろしい光景だった。
上空から、カラスやハトが集団でゆっくりに襲いかかっている。
駅前にいたおびただしい数のゆっくりたちが、その被害に遭った。
それはさしずめ、爆撃に逃げまどう民間人のようだ。
圧倒的な機動力の違いに、ゆっくりたちは次々と狩られていく。

「れいむ…………」
「まりさ」

四匹の赤ちゃんゆっくりを巣に残し、物乞いにきていたまりさとれいむは、呆然とその光景を見ていた。
あまりの惨状に、これが現実だという気がしない。
まりさが名前を呼ぶと、れいむはうつろな目でまりさを見た。

「これ、ゆめだよね」

向こうでは、ぱちゅりーとまりさがカラスたちから逃げようとしている。
体力のないぱちゅりーがまずは標的になる。
ぱちゅりーはあっさりと転んだ。

「ばぢぇをおいでがないでえええええええええええええ!!」

ぱちゅりーは般若のような顔で、遠ざかっていく番のまりさに叫んだ。

「いやだあああああ!じにだぐない!だべられだぐない!ばでぃざはおうぢにがえるううううううう!」

まりさは一度もぱちゅりーの方に振り返らず、必死で逃げていく。
ぱちゅりーの顔が二目と見られないほど醜く歪んだ。

「ばりざあああああ!あぎゃああああ!ばでぇば!ばでぇば!ばぢぇばぼりのげんぢゃがぎぇごぎごああああ!」

森の賢者など、カラスの無慈悲な攻撃の前に何か意味があっただろうか。
一分もたたずに、ぱちゅりーはちぎれた小麦粉の皮と少量の生クリームに早変わりしていた。

「いっ!いだっ!いだいよぉ!まりざっ!おいぢぐないっ!おいぢぐないよっ!だべないでぇ!だずげでっ!ばぢゅりーっ!だずげでよおお!
むでぎのもりのげんじゃでばりじゃをだじゅげでえええええええええええええ!」

自分だけ助かろうとしたまりさだったが、逃げきることはできなかった。
まりさは自分が見捨てたはずのぱちゅりーに助けを求めながら、生きたままカラスによってずたずたに引き裂かれて死んだ。

「れいむ………」
「ねえ、そうだよね。れいむはいまおやすみーしているんだよね。ぜんぶゆめだよね」

あちらでは、食べられていく若いまりさの前で若いれいむが叫んでいる。

「うわああああああ!やべでええええ!れいぶうう!だずげでええ!おねがいだがらだずげでええええ!!」
「だれがああああ!ばりざをだずげでぐだざい!れいぶのだいじなばりざなんでず!ごどものごろがらながよじだったんでず!
ずっとゆっぐりずるってやぐぞくじだんでず!まだいっじょにずっぎりじでないばーじんなんでず!だれがおねがいでずがらああああああ!!」

助けに来るものなどいない。
おそらく、つい最近結婚したばかりの新婚のゆっくりか、恋人同士なのだろう。
そんなものが何の役に立つのだろうか。
まりさの両目はすでにカラスによって抉られ、空いた傷口から餡子が食べられていく。

「いだいっ!いだいい!いだいいい!がらずざん!おべべ!やべでっ!だずげで!いだい!だずげっ!いだい!いだいよおおおおお!!」

生きたまま食べられていく苦痛に、まりさは叫ぶ。

「ゆあああああ!ばりざあああ!れいぶがだずげるよ!だずげであげるよ!ずっどいっじょだよ!ずっどだよおおおお!」

れいむは、どうしてもまりさを見捨てることができなかった。
案外、一緒に死ぬ気だったのかもしれない。
れいむはまりさからカラスを追い払おうと、その身一つで飛び込んだ。
結果は言うまでもない。

「ゆ゙ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙!あ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!ばりざあああああ!ばびっ!ばびぢぃ!ばびい゙い゙い゙い゙い゙い゙!」
「ゆっ……ゆっ…………れい……れい……ぶ……れいぶ……れいぶ……ごべ……ね……ごべん……ねぇ…………」

カラスにとっては、わざわざ餌が逃げないでいてくれただけだ。
死が二匹を分かつまで、二匹は一緒だった。
残っていたのは、時折ビクン!ビクン!と残った部分を痙攣させる顔も髪もない半分だけの饅頭だった。

「れいむ…………」
「だって、おかしいよ。こんなこと、いちどもなかったよ。へんだよ。ゆめにきまってるよ」

そちらでは、ハトたちが動けなくなったありすをつついている。
すでにありすの金髪は大部分がなくなり、ぽっかりと空いた穴からカスタードが流れ出している。

「みゃみゃあああああ!みゃみゃ!みゃみゃああああ!ありしゅここだよ!ありしゅといっちょにおうちかえりゅよおおおお!」

小さな赤ありすが側にいた。
このありすは親だったようだ。

「おぢっ……び…ぢゃ…………ん。…………まま……を……おいて……にげ……なさい…………ゆがっ!」

ハトは親ありすを食べるのに忙しく、赤ありすには手を出さない。
その隙に逃げるよう、親ありすは中身を啄まれる苦痛に震えながら赤ありすに言う。
赤ありすは拒否した。

「やじゃああああ!やじゃあ!ありしゅみゃみゃといっちょ!いっちょ!いっちょがいい!ひとりはやじゃあああ!」
「だ……め……よ…………。はやく……にげ……て…………」

弱々しく親ありすは願うが、赤ありすは聞いていない。
むしろハトたちに近づくと、頬を大きく膨らませた。

「はとしゃんはいじわりゅだにぇ!ありしゅぷきゅーしゅりゅ!ぷきゅぅぅううううう!」

ようやく、ハトたちの関心が赤ありすに向いた。
数羽のハトが、赤ありすを取り囲んだ。
親ありすの血相が変わる。

「だべええええ!やべで!やべでぐだざい!どりざんぞれだげはやべてぐだざい!ありずのだいじなおぢびぢゃんだげはみのがじでぐだざいいいいい!」

瀕死だったのが嘘のように、ありすは大声で叫び命乞いをする。
這おうとして体を動かすが、中枢カスタードが傷ついたらしく動くことはできない。
一羽のハトが赤ありすをつついた。

「いちゃい!いちゃいいい!でみょありしゅぷきゅーしゅりゅ!ぴゅき……ぴぎぃいいいいいい!いぢゃい!みゃみゃ!みゃみゃあああ!」

つられて次々と他のハトも赤ありすを攻撃する。
柔らかな赤ありすの饅頭皮は破れ、たやすくカスタードが流れる。

「あぼぼぼぼぼぼぼおっ!おねがいじまず!みのがじでぐだざい!ばどざんおねがいでず!おぢびぢゃんだけば!だげばあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

願いは聞き届けられなかった。
親ありすの目の前で、赤ありすは両目を抉られ、髪を抜かれ、中身を食べられ死んだ。
親ありすは一部始終を見届けてから、口からカスタードを吐いて息絶えた。
最愛の子どもが為すすべもなく死んだことに、精神が耐えられなかったのだ。

「れいむ…………」
「ゆめさん。わるいゆめさん。いじわるなゆめさん。はやくさめてね。れいむ、もういやだよ。こんなのみたくないよ」

カラスの嘴が、勢い余って赤ゆっくりのちぎれた体をれいむの足下に放り投げた。

「ぴっ……………!」

上半身だけの赤れいむは、まだ生きていた。
生まれて初めて味わう激痛に、歯をギリギリ噛みしめながら、苦痛を半分の体で表現している。
れいむは優しく笑った。

「おちびちゃん、これはゆめなんだよ。だからだいじょうぶだよ。ゆっくりしようね」
「ゆー…ゆー……お………おあー……おあーあ……ん…………」

何度か赤れいむは繰り返した後、口から餡子混じりの泡を吹いてから動かなくなった。
ようやく死ねたようだ。

「おかーさん?おかーさんっていったのかな?ねえ、そうだよね?」

れいむはひどい顔で死んだ赤れいむに、そっとすりすりした。

「ゆっぐりじないでにげるよおおおおおおおお!」
「おうちがえる!がえる!がえるがえるがえるうううううう!」
「ゆんやああああああ!だずげで!だずげでよおおおおお!」
「こわいよおおおおお!とりさんごわい!ゆっぐりじようね!じようねええええ!」

向こうからどっとゆっくりたちの集団が押し寄せてきた。
物乞いもゴミ漁りも大道芸も早々に打ち切り、鳥から逃げようとするゆっくりたちだ。
生きたまま鳥に食べられるというゆっくりできない結末から、なんとしてでも逃げようとする一団である。
どこまで可能かは分からないが、こうして恐ろしい死を受け入れるよりはましだ。

まりさは心を決めた。
生きるんだ。生きて……ゆっくりするんだ。
生きて、生きて、生き抜いて……れいむとおちびちゃんとでもう一回ゆっくりするよ。

生き抜く、という決意はよかった。
しかし所詮ゆっくりである。
なぜ生きるかというと、ゆっくりするためである。
まりさの決意はゆっくりの決意でしかない。

「れいむ、おうちにかえろうね!」

まりさは力強くれいむに呼びかけた。
ようやく、うつろだったれいむの目に光が戻る。

「まりさ?」
「まりさとれいむはいきておうちにかえるよ。かえって、おちびちゃんたちをたすけるよ」
「……おちびちゃん」

れいむは考え込む素振りを見せた。
もうちょっとだ。もうちょっとでれいむはがんばってくれる。
まりさはさらに一押しする。

「とりさんはゆっくりしてないよ!このままだとおちびちゃんたちがころされちゃうかもしれないよ!」

れいむはカラスに殺された赤れいむを見た。
じっと見つめてから、まりさに顔を向ける。
そこには、まりさの愛しいれいむが戻っていた。

「ゆっくりわかったよ!れいむはどんなことがあってもおうちにかえるよ!」
「まりさもだよ!がんばってぜったいにおうちにたどりつくよ!」

まりさのゆん生最大の逃避行が始まろうとしていた。

ひたすら逃げる。
すべてを捨てて、とにかく逃げる。
逃げなくては、ゆっくりできない。
ゆっくりするために、逃げる。

「ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐりゆっぐり!ゆっぐりゆっぐりゆっぐりぃいいいいい!」
「おうち!おうち!おうち!かえる!かえるうううううう!まりさはおうちにかえるよおおおおおお!」
「やだああああ!いやだああああああ!じにだぐない!じにだぐないじにだぐないゆっぐりじだいいいい!」

人間にかまわず、自動車を無視し、ゆっくりたちは集団で駅前から逃げていた。
かつてないゆっくりたちの狂乱に、人間たちは唖然として道をゆずった。
逃げるゆっくりたちは、道を選んでいられない。
日なたであろうとお構いなしに跳ねる。
たちまち全身が火傷していく。

「うわああああああ!あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!あ゙あ゙あ゙あ゙!あがあああああああ!」
「あづいよおおおおおおおおお!いだいいいい!ゆっぐりできない!ゆっぐりできないいいい!」
「いだ!い゙っ!い゙!いだっ!いぃっ!いだいぃ!いだいよぉ!ずごくいだいよぉおおお!」

敵は上空から襲いかかる。
ゆっくりは柔らかく、栄養たっぷりの餡子がいっぱい詰まったすばらしい餌にされたのだ。
鳥たちは種の壁を越えて、一丸となってゆっくりを狩る。
カラス、ハト、スズメ、ムクドリ、あらゆる種類の野鳥が攻撃に加わる。
鳥たちは、ようやく食べられるようになったおいしい餌に我を忘れているのだ。

「いだいぃ!いだいいいいいいい!やべで!とりざんやべでええええ!」
「ゆっぐりじでよお!ゆっぐりじで!ゆっぐりじでおねがいだがらあああああ!」
「だずげでええええ!だれがっ!れいぶをだずげでええええ!うわあああ!あぎゃああああああ!」

鳥の攻撃は無慈悲で執拗だった。
どんどんと傷ついたゆっくりたちはレースから脱落していく。
脱落者にリターンマッチはない。
鳥たちの胃袋におさまるよりほかない。
意地悪なことに、ゆん生最高の苦痛というおまけ付きだ。

「ゆひっ……!ゆひっ……!ゆひぃいいいいいいいいいいいい!!」
「ああああああ!ゆわああああああああああああああああああ!!」

れいむとまりさは叫びながら跳ねる。跳ねながら叫ぶ。
そうしなければ、おかしくなりそうだった。
こんなレースを、正気で続けてなどいられない。
脱落=死という鬼畜なレースなど、正気でやっていられない。

「おとーしゃあああああああん!まっちぇ!まっちぇにぇ!まりちゃをおいちぇかにゃいでえええ!」
「ゆはっ………ゆはっ………れいみゅ…もうぴょんぴょんできにゃ……びぎゃあああああ!はとしゃん!やべちぇ!やべぢぇええええ!」
「あぢゅい………よぉ………………ありしゅ……もう……だみぇ…………おかー…しゃん…………」
「ゆー!……ゆーゆっー!おあーあん!おあーあん!おあーあああああん!」

傷ついたゆっくりの次に脱落を始めたのは、体力のない赤ゆっくり、子ゆっくりである。
ちなみにこの逃避行にぱちゅりーはほとんどいない。
そもそもぱちゅりーは駅前でほぼ全滅しているのだ。
持って生まれた脆弱な体を恨むよりほかないだろう。

疲れきった赤まりさが、必死に親を呼んでいる。
息を切らせて苦しむ赤れいむを、ハトがつついている。
火傷で倒れた子ありすを、他のゆっくりが知らずに踏みつけていく。
生まれたばかりの赤れいむが、親ゆっくりを呼んで泣いている。

「ごべんねええええええ!ごべんねっ!おぢびぢゃんおがあざんをゆるじでねええええええ!」
「ゆわあああああん!ゆわああああん!おぢびぢゃんが!ばりざのがわいいおぢびぢゃんがああああ!」
「おちょうしゃあああん!いもうちょ!れいみゅのいもうちょがあしょこだよおおお!たしゅけちぇ!いちゃいいちゃいだよおおおお!」
「だめだよおおお!にげなくちゃまりさもおちびぢゃんもごろざれるよおおおお!にげでね!ゆっぐりじないでにげでねえええええ!」

助けない親を不義理だと罵るゆっくりはいない。
親もまた、生き延びるのに必死なのだ。
親たちは涙を流して謝りながら、子どもを見捨てる。
助けにいこうとする子どもをたしなめ、鳥たちから逃げる。
どうしようもないのだ。
後ろから聞こえる赤ゆっくりや子ゆっくりの悲鳴が恐ろしく、ゆっくりたちはさらに速く跳ねる。

「ゆーうー!ゆーうー!ゆーゆーゆー!ゆーあ!ゆーあぁ!」
「ゆぐぅ…………ごべんねぇえええええええええええええええ!」

まりさは、助けを求めて道ばたでもがく赤ゆっくりを見捨てた。
立ち止まって、帽子の中に入れてあげれば助けられたかもしれない。
でも、その隙にカラスが襲いかかってくるかと思うと、とても止まることはできなかった。
生きなくては。子どもたちのために生きなくてはいけないのだ。

「ゆぅうううううう!ゆぴぃいいいいい!ぴぃ!ぴゃあああああ!」
「うわあああああああああああああああ!!あがあああああああああ!」

背後から赤ゆっくりの苦痛に満ちた絶叫が聞こえた。
生きたまま食べられていくゆっくりにしか出せない、ぞっとするような声だ。
まりさは気がつくと、大声で叫びながら泣いていた。
あの悲鳴をかき消すために、まりさは泣いていた。

ようやく橋にたどり着いた。
ここを渡れば商店街だ。
ここからはゆっくりたちはばらばらに分かれる。
狭い場所に入り込めば、鳥から隠れることも可能だろう。
ようやく、希望の光が見えてきた。
見知った商店街ならば、鳥の襲撃から逃げきれるに違いない。

やっと、ゆっくりできる。
天の助けか、先程から空は曇っている。
待ちこがれたゆっくりへの期待が、心の隙を生んだ。
無防備な心で、先頭を行くゆっくりたちはそれを見てしまった。

「なにごれえええええええええ!なにっ!なんなの!なんなのおおおおおおおおおおおお!」
「ぱぴぷぺぽおおおおおおおおお!ぱぴぷうううううう!ぺぽおおおおおおおおおおお!」
「うわああああああああ!どうじで!どぼじでええええええええええ!」
「ひどいよおおおお!ひどい!ひどい!ひどずぎる!ひどずぎるよおおおおおおお!」
「なにごれっ!なにごれっ!なにごれっ!なにごれなにごれなにごれなにごれえええええええ!」

橋から見えるのは、河川敷に住まうゆっくりたちの群れだった。
河川敷に横穴を掘り、マンションのようにしてゆっくりと暮らしていたゆっくりたちである。
商店街に住むゆっくりからすれば、ご近所のような感覚だった。
何度かお互いの住む場所に遊びに行ったこともある。
広々とした河川敷は、子ゆっくりたちが探検するにはちょうどよい遊び場だった。

そこは今、ゆっくりたちの公開処刑場と化していた。
カラスたちによって、巣の中のゆっくりは引きずり出され殺されていく。
あの楽しかった遊び場が
あの仲良しだったゆっくりが。
餡子を吐きたくなるほどの死臭で包まれている。
めちゃくちゃに引き裂かれて無惨に死んでいく。

「いだいよおおおお!いだいぃいいい!だずげで!いだいっ!ゆぎいいいいいいいい!」
「だべないでっ!だべないでよおおお!れいぶのながみだべないで!あんごだべないでえええ!」
「ゆっぐりじないでにげるよおお!どうじでがらずざんがいるのおおおおお!?」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!だれがっ!だれがだずげでええええ!じにだぐないよおお!」
「ばりざはゆっぐりずるんだ!ゆっぐりじでゆっぐりずるんだあああああああ!」
「ゆっぐりじだい!ゆっぐりじだい!ゆっぐりじだいいいいいい!どうじでゆっぐりでぎないのおおおおおおお!」

カラスたちは役割を分担していた。
一羽が嘴を巣に突っ込んで、ゆっくりを引きずり出して放り投げる。
別の数羽が取り囲み、嘴で滅多刺しにして動きを封じる。
恐ろしい連係プレーの前に、ゆっくりたちの逃げ場はなかった。

一番悲惨だったのは、巣の中で震えていた子ゆっくりたちだった。

「おねえしゃん……きょわいよぉぉぉ…………」
「しーっ…とりしゃんにみちゅかっちゃうよ……」
「まりしゃおねえしゃんがいっちょなのじぇ……きょわくないのじぇ……」
「ゆっくちだよ……いっちょにゆっくちちようにぇ…………」
「れいみゅぅ…まりちゃぁ…きょわいよぉ…しゅごくきょわいよぉぉぉ…………」

カラスの鋭い嘴は、どんなに小さかろうと、どんなにかわいかろうと容赦はしない。
むしろ、柔らかくておいしい餌だと言わんばかりに率先して赤ゆっくりや子ゆっくりを狙っている。

「たしゅけちぇええええええ!おかあしゃん!おとうしゃん!おかあしゃあああああああああん!」
「やじゃあああ!れいみゅしにちゃくにゃい!しにちゃくにゃい!ゆっくちしちゃいいいいい!」
「ゆんやああああ!からすしゃんはきょわいきょわいだよおおおおおお!」
「ごめんにゃしゃい!からしゅしゃんごめんにゃしゃい!あやまりゅからゆるちて!ゆるちてにぇぇぇぇ!」
「やめちぇにぇ!からすしゃんきゃわいいれいみゅをたべにゃいでにぇ!やぢゃぁあああああ!」
「よきゅもおきゃあしゃんをおおおおお!ぴゅきゅーっ!ぴぃっ!いちゃいっ!いぢゃいいちゃいぃいいいい!」
「いぢゃいよおおおお!いぢゃい!いぢゃいいぢゃい!まりちゃのあちゃま!あちゃまいちゃいよおおおお!」

両親に助けを求めるもの。言葉の通じない相手に命乞いするもの。
恐ろしさにしーしーとうんうんを垂れ流すもの。
瀕死の両親に怒りを覚え、ぷくーと膨れるもの。
頭を破かれ、痛みに泣きわめくもの。
どのゆっくりも、例外なく殺されていく。

「やめ……ちぇ……にぇ……からす…しゃん………いちゃい……よ」
「やめ…ちぇ……れいみゅ……たべ………にゃい……で…にぇ」
「まり…ちゃ……は……ゆっ……くち……ちたい……よ………」
「……ゆんやぁ……まだ……ちにたく……にゃい……よぉ」
「あ…ああ………れい…みゅの……あんこ…しゃん………」

両親の前で赤ゆっくりたちは啄まれ、引き裂かれていく。

「ゆひっ…ゆききっ…れいみゅおいちい?……おいちい?……ゆっくちだにぇ!?……ゆきききぃ!」

恐怖のあまり狂った赤れいむだけが、カラスたちの狂宴の中でゆっくりしていた。

「どうじで…どうじでごんなごどに…どうじでなのおおおおおお!?」
「ゆっぐりじだいよおおおおおお!…じにだぐないよおおおおおお!!」
「だれが…だれがれいぶだぢをだずげでぐだざい!だずげでぐだざいいいいいいいいいいいいいい!」

親ゆっくりたちの悲惨な叫びが、橋の上のまりさたちに届いた。
何よりも恐ろしい光景は、番のまりさの目の前で妊娠したれいむの腹に嘴が刺さっているものだった。

「ぐぞおおおお!ごのぐぞがらずがああああ!よぐもれいぶをおおおおおお!やべろ!やべろ!やべろやべろやべろおおおおおおお!」

まりさは自分も頭に穴をあけられながら、果敢に飛びかかろうとする。
だが、カラスの嘴は頭に刺さったままで、一切動くことはできない。

「いぎゃあああああああ!あぎゃぁ!ゆぎぃ!いだいぃいい!やべでっ!がらずざんやべでっ!いだいっ!れいぶっ!いだっ!いぃっ!いだいよぉ!
あがぢゃん!まだうばれてっ!ないっ!うばれでないがらっ!だがら!やべでっ!やべでっ!!れいぶのっ!あがぢゃああああああん!!」

カラスの嘴は、れいむの餡子とは違う感触をとらえた。
これは珍味だ。
カラスは嬉しそうに嘴でそれをくわえ、れいむの腹から引き抜く。

「ゆぇぶっ!」
「ゔばあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!あ゙がぢゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!」

それは、まだ生まれていない赤ゆっくりだった。
目や口はできているが、呼吸は出産を経ないとできない。
赤ゆっくりは体を痙攣させ、口をぱくぱくさせて窒息の苦しみを味わっている。
カラスはそれを大事にくわえ、一羽のカラスに渡した。
どうやら番へのプレゼントのようだ。
番のカラスはお礼を言うように一度鳴くと、今も苦しんで震える赤ゆっくりをおいしそうに丸飲みした。
カラスの嘴がさらに突っ込まれる。

「びぎゅっ!」
「ぎゃびっ!」
「ゆぢぃっ!」
「ぴっびっ!」

さらに四匹の赤ゆっくりが、無理矢理生き地獄に引きずり出された。
一匹残らず赤ゆっくりたちは、息ができないこととと餡子がないこととで歯を食いしばって苦しみもがいている。
せめて、一撃で嘴で貫いてくれれば、苦しまずに死ねただろう。
だが、器用なカラスは殺さずにわざわざ取り出したのだ。
おいしい赤ゆっくりを、自分ではなくて皆に食べさせるために。

「うわあああああああああああああああああああ!やべでぐだざい!やべでぐだざあぁあぃ!ばりざの!あがぢゃんでず!いぢめないで!いぢめないでぇぇ!
ごろざないでぐだざい!ひどいごどじないでぐだざい!おねがいでず!ばりざをごろじでいいでずがら!あがぢゃんごろざないでぐだざいいいいいい!」

何もできずに、番のれいむの腹から赤ゆっくりを取り出されるのを見ていたまりさの心は折れた。
滝のように涙を流しながら、まりさはカラスに命乞いをしている。
赤ちゃんを殺さないで。かわりにまりさを殺して。
そんなことをカラスが聞くはずがない。

「ゆぎゃああああ!いだいよぉおぉお!やべでっ!あがぢゃんごろざないでっ!だざないでっ!だべないでっ!もどぢでっ!もどにもどじでええええええええっっ!」

カラスたちはおいしそうに、一匹ずつ赤ゆっくりを飲み込んでいく。
こんな珍味を食べられるなんて自分たちは幸せものだ、と言わんばかりに鳴く。

まりさとのすっきりで授かった、大事な大事な赤ちゃん。
おなかの中でゆっくりしている様子を思い浮かべるだけで、自分もすごくゆっくりできた。
「はやくうまれてきてね~」と言ってから、すぐに「ゆっくりうまれてきてね~」と言い直した。
ゆっくりおなかの中にいれば、きっとすごくゆっくりした赤ちゃんで生まれてくるに違いない。
心待ちにしていた誕生の時。
それがすべて奪われた。
無理矢理引きずり出され、食べられた。
すりすりすることもぺろぺろすることもなく、「ゆっくち~♪」の挨拶さえ聞けなかった。

「あ゙ぎゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

れいむはすべての絶望を声に託し、死ぬまで叫び続けた。

「うわあああああああああああああああ!」
「ゆわあああああああああああああああ!」

それを、橋の上にいたゆっくりたちはまともに見てしまった。
まともに聞いてしまった。
れいむとまりさは、いやすべてのゆっくりたちは絶叫した。
餡子の奥にまで刻まれたトラウマとなる映像と音声に、ゆっくりたちのゆっくりは消し飛び、恐怖しか残らない。
それはまさに、地獄の光景だった。

(続く)